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 内部分裂を起こし、同時に教会と仲違いを起こしたメルディナ教団は、自身の内乱を収めたのち、完全に教会から脱退した。メルデヴィナが世界的に重要な意味を持つようになった頃から既に宗教的な意味は失われていたが、派手な分裂を起こした組織を教会は最早煙たがっていた。メルデヴィナにいた教皇派が内乱で敗北したからだとも言われている。
 しかし、メルデヴィナは、いや、世界はその後めざましい発展を遂げる。

「黒の森の調査、もう終わったのね」
「ああ。どこかの誰かが綺麗に証拠隠滅していったみたいに爆破跡が各地にあったんだが、暗黒地帯自体はもう消滅が確認された。木も良質な木材になりそうだとよ。俺らが把握していなかった村まで見つかってびっくりしたが」

 文明の及ばない暗黒地帯。諸事情により公にされることは無かったが、どこぞの研究社が独自の研究を行う為、また世界の発展を遅らせ文明の独占権を得る為に、機械を設置し人工的に作ったものである。それが何故か取り払われ、産業革命が起こった。世界は少しずつ、均一化し始めている。

「おっと、緊急入ったわ。……裏門から侵入者だとよ。俺一人で十分だろ」
「もう魔魂武器は使えないんだから。気を付けなさいよ」
「分かってるって」
 そう言い男は走って部屋を出て行った。残された女は、机の上の書類に引き続き目を通し始める。
 だが、いつものようにすぐに集中力が切れる。彼女はペンを置き、書類の一部を持って外に出た。

 世界はある日を境に明確な変化を遂げていた。その日を覚えている者もいれば、覚えていない者もいるだろう。
 まず魔魂武器の効果の一切が消滅した。トーレなどは当初親友との別れに大泣きしていたが、兄や友人などの説得により今は元気である。トーレによれば、「永遠という呪縛から解き放たれて、優しい所に行けるから、大丈夫だよって言ってた」らしい。魔魂武器の効果を失ったことで、エクソシストや武器使いという概念さえも消失し、所謂”普通”となった彼らはメルデヴィナ以外にも居場所を持てるようになった。大半はそのまま残ることになったのだが、クロウ・ベルガモット、グロリア・レディ、ツァイ・ジェンなどは脱退の意志を示した為、簡単な引き継ぎの後、組織からは去って行った。
 魔魂武器がただの物質になると同時に、悪魔の弱体化が顕著になった。当初は元二番隊隊長であるエリック・ジェイルが独断で行ったマザードール無効化作戦によるものだと思われていたが、その後に行われた戦闘のレポートには、「ディアイレに従来のような身体能力は無く、また特殊能力も確認されなかった」とある。その後の他の報告や技術班の分析結果から、ニルス・グレイヤーは、「科学で証明できない何かが完全に消滅した」と表現していた。

 世界は緩やかに変化している。幸福に向かっている。誰もがそう思っている。








 本当に?

 少なくとも彼女はそう思ってはいない。
 空の棺で行う葬式に出て、幸せになどなれるはずがない。
 あれから彼女の心は曇ったままだ。


 病室で目覚めた彼女は、見舞いに来た研究者に酷く恩を売られた。
 とても幸せで残酷な夢を見ていたらしい。あの海沿いの実験場は最早海水の流入で使い物にならないらしいが、「いわば自滅のプログラムだから。沈みゆく大型船の底に取り残された一般人を、命からがら救い出してあげた訳だ。君は僕を感謝してもしきれないと思うよー?」とのことだった。そのまま置いていっても良かったのにとさえ彼女は考えていたが、折角の命の恩人なのだ。彼には言わないようにしておいた。

『いつか、またいつか、あなたに出会いたい』

――いつかって、いつなんだろう。来世?

 言わずもがな、人の命は一生分しかない。アルモニカには、前世の記憶など無いし、そんな人も見たことが無い。そんな状態で出会って、気付けるのだろうか。思い出せるのだろうか。

 ふと立ち止まり、目を閉じる。彼が花畑の中で、寂しそうに笑っている。
 暗闇の中、夕陽の中、森の中、汽車の中。
 初めて出会った時は、まさかこんなに深い仲になるとは彼女は思っていなかった。あの時は、何も知らない彼を利用したのだ。冷静に対処していたようで、木の幹に躓いて転んだ、ドジとしか言えない彼を。
「ふふ……」
 いつでも会える。アルモニカの中の彼は、頼りなくて、かっこよくて、可愛くて、優しくて、面白いのだ。



 裏門へ向かう角を曲がったところで同僚の声がした。
「アル!気をつけろ!そいつだ!」
「え!?」
 顔を上げると、黒いフードを被った人物を同僚が追いかけていた。見た所丸腰だ。なるほど、侵入者とやら、この同僚よりは足が速いらしいが……
「最速の私に勝てるかしら!」
「今もそうなのか!?」
 手にしていた書類の束を同僚に向かって投げつけ、追いかけると侵入者にドロップキックをかまそうとしたのだが……段差に躓き勝手に転んだ。
 アルモニカは侵入者をあっさりと捕獲し、フードを外したその瞬間。彼女はケラケラと笑い出した。
「え?」
 困惑していたアーサーだったが、駆け寄って、やっと状況を理解した。大きくため息をついて、思わずしゃがみ込んだ。
「馬鹿だなお前は……本当に……」
「折角だから連れ帰りましょう。今度は、途中で逃げられないように」





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