2話「森の魔女」





【血だまりの中の少女】

貴方に逢うために、私は今日この命を終えるの。
一人で長い人生を送るのは辛いもの。

ねえ、今度は貴方に逢えるかな。貴方の傍で過ごせるのかな。

分からない、でも今度こそ……

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             ◆◇◆◇◆

 日も落ちてきて赤くなりつつある森の中。すごい勢いで走っていたアルモニカが突然ペースを落として止まった。やがてその直後、重そうな剣を背負ったままの息を切らしたアーサーが追いついて見ると、そこは小さな村の外れだった。
「で、何だったんださっきのは」
 息を整えながらアーサーが尋ねる。アルモニカは分からないと呟いて、そこにいた村人の一人に近付いて行く。こちらに気が付いたその村人は、ひっと情けない声を出して怯えと恨みがこもった目を向けた。
「その服装……エクソシスト……また来たのか。今度は何の用だ」
「また?」
 二人は顔を見合わせる。
「誰かさっきまでいたのか?」
「し、しらばっくれんな!さっきはよくも悪魔をこっちにけしかけたな?お前らがいたんならこっちに来るわけねえ!と、とにかく早く帰れ!」
「な、何どういうことよ?」
「やめとけアル、ここは帰ろうぜ」
 何か言いたげなアルモニカを抑えそのまま森の中へと引き摺って行く。村が見えなくなるところまでやってくると、アルモニカは村の方を見ながら呟く。
「ねえアーサー。さっき」
「ああ。ついさっき悪魔が襲ったんだな。しかもそこにいたエクソシストが倒したらしい」
「他のエクソシストがいるなんて知ってた?」
「いや知らねえよ。全く分かんねえことだらけだな」
 アーサーは頭をかく。
「まあお前がさっき感じたのは悪魔とそのエクソシストの反応なんじゃないか?」
「……だと良いけど」
 小さく、楽観的ねと呟く。どうしてあんな行動を取ったのだろう。自分の事なのに、とアルモニカは思う。悪魔に対する反応だけだとは思えなかった。なら来ていたエクソシストのことなのだろうか。どうしても気になる。
 暮れゆく空を仰ぎつつ、取り敢えず森を出るかとアーサーが言う。森を東に出るとほどなくして町がある。暗いままでは捜索なんてできないし、さっきの村に泊まれれば良かったのだろうがどうやら不可能そうだ。そうねと呟きアルモニカは方位磁石を取り出した。日が暮れるのは早い。急ごうと二人は足早に村を後にした。

             ◆◇◆◇◆

──森の魔女って言って皆怖がるけど、ローセッタはとっても優しいんだよ。

 トーレの言葉が蘇る。

──ごめんねお兄さん。昔いろいろあって、皆エクソシストが嫌いなの。……でも私はお兄さんのこと好きだよ。お兄さん、ローセッタの次にできた私のお友達。

 これから暗くなるから泊めてくれるとトーレは言ったが、アンリは断った。それにしても、この森を抜けて王都に行くと言った時は驚かれた。普通の人は危ないから近付かないらしい。遠回りをすれば行けるのだが、アンリにとって危険だという意識はあまり無かった。トーレはお兄さんは悪魔倒せるもんねと納得し、彼を笑顔で送り出した。寂しい一人に戻るのに、また、逢えたらいいねと彼女は笑ったのだ。

──ローセッタを助けて。か。
 トーレの言葉を反芻する。実は、アンリにはローセッタという名に聞き覚えがあった。数年前まで先生と旅をしていたが、その時に会ったことがあるのだ。しかし、森の魔女というイメージとあのローセッタとは些か違いすぎるのだ。彼は名前が同じなだけだとさして気に留めなかった。
 トーレと言う森の魔女ローセッタは森に住む薬屋だった。しかし村に住んでいたが迫害され、悪魔の巣食う危険な森へと身を置かなければならなくなったのだ。何故彼女を助けなければならないのか。トーレははっきりとそれを伝えなかった。けれど悪魔に脅かされているのだろうと大体見当はつく。トーレには彼女を救うだけの力がない。しかもあの状況では他人に助けるを求めることさえできなかったのであろう。自分の兄でさえ。こんな、会って一日も経たない者に頼むほどなのだから。
 アンリはトーレに教えてもらった通り、木に括り付けられた印を確認しつつ、森を進んでいく。この印は、迷わずローセッタの家に行くためにトーレが付けたものだ。
 ほどなくして暗い森に一つの灯りが見えてきた。恐らくローセッタの家だ。……不思議とここに来るまで悪魔には一度も遭わなかった。

             ◆◇◆◇◆

 ――あんたまた来たのね。まあいいわ、入ったら?……あら?どうしたのこの子。あんたが誰か連れてるって珍しいわね。まあとにかくいらっしゃい。この前新しいハーブティー作ったばかりなの、今淹れてあげるわ。

 先生が扉を開けると若い女性が出迎えた。五年前の、昔の記憶。朧げなその記憶のままに、扉の前にはそのままのローセッタがいた。魔女ではない、そうローセッタはローセッタだったのだ。
「あら、来ると思ってたわ。いらっしゃいアンリ君。ハーブティー淹れてるわよ」
 緩やかに微笑むローセッタ。左側だけ長い前髪、指先が隠れる程に纏った赤いケープ、濁った右目。不思議と何も変わらなかった。違うところは一つ。右目の下に何やら赤い、刺青のような模様があることくらい。
 何故来る事を知っていた?何故魔女と呼ばれ畏れられている?何故、何故と問いたい気持ちを抑え、アンリは家の中に入る。テーブルの上には、湯気の立つカップが二つ。
「不思議に思うかもしれないけど、この辺のこと、最近良く分かるのよ。聴こえるというか、感じるというか」
 ローセッタは、当時小さかったアンリの目にはかなり不思議な女性として映った。先生とは仲が良かったらしかった。突然の来訪にも特に驚くことなく出迎え、アンリにかかった呪いを解いてくれたのだ。
 しかし五年ぶりに再開したローセッタは少し様子が違うようだ。纏う空気が人間ではないみたいだ。そのせいか余計に不思議に映る。
「……じゃあ何故僕が来たか分かってるんですね。僕が考えてることも」
「そういうこと。さっきはトーレを助けてくれてありがとう。あの子ったら私の心配ばかりしているの。自分の方が大変なのにね。それなのに助けてなんて言って、あなたを寄越して……」
 そう言って赤いケープを外す。その下の指は炭のように黒く変色していた。
「あなたも持ってる魔魂武器。それは強い力をもたらすけれど副作用がある。私のこれは武器化かしらね」
 指だけではない。部分的に袖口からも見える。きっと右目の模様もそれなのだろう。魔魂武器とは教団のエクソシストが使うという特殊な武器。アンリの右腕に巻き付いたティテラニヴァーチェもだが。ということは、ローセッタはエクソシストだったのだ。
「私はもう長くないって諦めていたのだけれど、あなたがここに来たことで考えを改めたわ。状況が、運命が廻り始めた気がするの。だから少しくらいもがこうって。あいつらからもう少し逃げるわ」
 きらきらと目を輝かせて話すローセッタ。何が理由でどこから逃げるのかはアンリには分からない。彼女は何か大きなものを見ている。どのようなものか、アンリにはそれが全く分からない。
「複雑になる。元から複雑だけどね。私とあなたはこれから会う機会が無いかもしれない。次会った時は敵になるかもしれない。ここでお別れなの」
 来ることが分かっていたローセッタは、話す言葉の順序を考えていたのだろうか、アンリの返事を聞く前に話を進めていく。もしかすると、何かの時間が迫っているのかもしれない。
「ローセッタさん、僕は、」
「アンリ君」
 口を開きかけたアンリを制し、ローセッタは立ち上がる。濁った瞳を光らせ、そして悪戯っぽく笑う。
「あいつもまだ生きてるみたいだし、私も足掻くわ。確かにそんな柄じゃないもの」

             ◆◇◆◇◆

「なあ、あれ家だよな?」
 アルモニカには見えてはいないが、目の良いアーサーには家が見えるようで、目を細めて言う。それに対し、アルモニカはうん、と落ち着いた様子で呟く。
「さっきまでローセッタがいたの」
「はあ?!なんで知ってんだよなんで言わなかったんだよ!?」
「何となくだったから言わなかっただけ!それにさっきもそうだけど何となくで分かるって変でしょ?私だって色々考えてるんだからね!あとアーサーうるさい!」
「ごめん。悪かった。落ち着け、落ち着け……」
 熱を落とし自らとアルモニカを宥めるアーサー。アルモニカは機嫌が悪そうにそっぽを向いている。
「俺はお前を信じる。だからお前も自分を信じろ。さっきだって合ってたんだからな。今、頼れるのはお前のそのカンだ。良く分からなくて不安なのも分かるが、理由なんて後で探せばいい」
「……えらく冷静ね」
「で、ローセッタはここに居たんだよな」
 二人は開いた扉から家の中を覗き込む。ふわりと薬草の香りがする。家は小さく簡素な造りをしているが綺麗で、戸棚いっぱいに並べられた様々な植物が一際目を引く。テーブルに置きっぱなしのカップも、冷えてはいるが中身が少し残っている。まるで、家の主がふらっと家を出ただけでそのまますぐ帰ってきそうな様子だ。
「入れ違いだわ。……やっぱり合ってた。ローセッタを連れ帰るのが任務なのに……」
「まあ今回は仕方ないだろ。ローセッタが俺らを察知して動いたのなら、また位置情報を本部に聞きにいかなくちゃならないな。あとあの村にいたエクソシストのこと」
 つまりは任務失敗。イレギュラーな要素が多かったと言えども失敗は失敗だ。うちの隊長や副隊長は何も言わないだろうけれど。それでも。
 落ち込むアルモニカが一人外に出たその時、視界の端で何か動く物を捉えた。
「??」
 木々の中を走って行く。暗くてよく見えないが、大きな動物、もしくは小柄な人間のよう。これはもしかしたら……
「雅京!走るわよ!」
 力強く叫んだアルモニカの足元が青く光る。彼女の履いた長いブーツが光源だ。彼女の武器は雅京。靴型の魔魂武器と呼ばれる物だ。そのまま地を蹴りすごい速さで駆けていく。そしてあっという間に追い付き勢い余って地面に押し倒す。
「見つけたわよローセッ……」
 瞬時に、直感的にローセッタではないと確信した。そう捕まえたのは小柄な少年だった。月明かりに照らされた青白い肌、ゆっくり開かれた瞳は綺麗なペリドット。
「あ……」
 突然襲われた方だけでなく驚いて、襲った方も固まってしまった。しかし少年はすぐにあの、と声を掛ける。それに我に帰ったようにアルモニカは慌てて立ち上がる。
「あ、あああっあっごめんなさい。あ、えっと、その、怪我はない?」
「はい」
 案外淡白に返される。やはり突然のことで混乱しているのだろうか。悪い事をした、とアルモニカは俯く。
「人違いだったの。なんてことをしてしまったのかしら……」
「僕は大丈夫ですよ。それにしてもどうしてこんな時間に森に女性が独りで?」
 なに心配してくれるの。それはこっちの台詞だ。なんでこんな所に子供が。迷子になった村の子供だろうかと思ったが、よく見ると彼は旅人のようで、少量ではあるが手荷物を持っていた。……知らないとは思うが一応聞いてみる。
「人を探しているの。ローセッタ・ノース」
 少しの間の後、彼は口を開く。
「……そうなんですか。その人を捕まえて、それでどうするんですか」
「捕まえ……?」
 確かに、どうするんだろう。捕まえる?ローセッタを連れ帰る。……逃げる彼女を??それ以前にこの少年は彼女のことを知っているのか。
「あなた、知ってるの?」
 アルモニカが少年ににじり寄る。少年はこちらを見たまま、少しづつ後ずさる。
「さあ、」
 一歩。
「知りませんよ、僕は」
 また一歩と後ずさる。その時、
「おいアル!気を付けろ、そいつあの武器使いだぞ!」
「えっ?!」
 突然のアーサーの声に驚き振り返るアルモニカ。この子供が三匹の悪魔をたった一人で倒した?信じられない。手にだって武器の一つも持っているように見えなかった。そして再び少年に向き直った時には、彼はすでに駆け出していた。
「待て!」
 駆け付けたアーサーが背負った剣を取り、構える。目を閉じて、いける、いけると呟くと、カッと目を開いて息を吸い込む。
「凍てつけ、コール――」
「あっ転んだ!」
 走ったのも束の間。わずか数十メートル走った先で少年は木の幹に足を引っ掛けずでんと転んだ。そのまま動かなくなった少年は、駆け寄ったアルモニカにあっさり捕獲された。


「ねえアーサー」
 気を失った少年を抱えたアルモニカは、いそいそ大剣を背負い直していたアーサーを見上げて笑う。
「代わりじゃないけど。この子連れ帰らない?どう?収穫は0じゃないわ」

             ◆◇◆◇◆

 次の日。揺れる鉄道の中、二人と少年はメルデヴィナ教団の本部のあるヴァルニアへと向かっていた。
 因みに昨夜はローセッタの家を宿として使わせてもらった。ハーブのいい香りがして眠りやすい言いつつ、アルモニカはたった一つのベッドを陣取ったのでぐっすりである。アーサーの方はというと、床が硬いと言って家の外へ出たり入ったり。結局ほとんど眠れなかったようだ。
 右肘を突いて車窓を眺めているアルモニカ。顔は窓の外へと向けたまま呟くように、腕を組んで仮眠を取る向かいのアーサーに話しかける。
「もうすぐヴァルニアね」
「……」
「お疲れのようね。……分かってるのよ、ホントは床が硬くて寝れなかったんじゃないんでしょ」
「……」
「昨日は技出し損ねたこと、可哀想だから弄らないであげとくね」
 アーサーの隣には、昨日出逢った少年、アーサーいわく武器使いが眠っている。何故かあれから一度も起きていない。月の下で見たあの緑の瞳は全く開く様子がない。
「その子、なんで起きないのかしら。というかその子、本当にあの武器使い?」
「……アルお前何一人で喋ってるんだ」
 アーサーが突然に返事をする。なんだ起きてたのね、とアルモニカは窓から体を離す。
「あの時どうして分かったの?知らないんじゃなかった?」
「ああー、そんなのハッタリだハッタリ。でも逃げたからそういうことなんだろ。それに、怪しいって思わないのか?あんな時間にあんな所にいるなんて」
「それもそうね……」
 旅人かと納得してしまっていたが、どうしてあんな危険な森を抜ける必要があったのだろう。森の外には線路も走っているのだ、今考えるとおかしい。まず旅人だとしてもおかしい。
「起きねえのはあれじゃね、倒れた時頭の打ち所が悪かったとか、寝てなかったとか」
「なんかあんたって適当ね。前からそんな感じだっけ?」
「いいじゃねえか、俺は今眠いんだよ……」
 そう言って大きくあくびをしたアーサーは、再び寝る体勢に入る。それを見てアルモニカも窓に顔を戻す。もうすぐヴァルニアに着く。

             ◆◇◆◇◆

【アリア=レコード】

ようこそいらっしゃい。私の愛するアリア=レコードへ。

もうすぐ恩師との約束は果たせそうですね。
何のこと、ですって?おやおや、自分が今どこにいるかも分かっていらっしゃらない。

でももうすぐに分かるでしょう。ローセッタが言っていたではありませんか。廻り始めたのです。連なった歯車が。
……この部屋の時は止まったままですがね。

さてそろそろ時間です。
貴方のこと、またここで待っていますよ。







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