21話「魔術師」





【朧げな記憶】

「いいか。善か悪かだなんて、それは生まれた時から決まってる。これは性根の話じゃなく、生まれた時に決定付けられた事項の話だ。結果として悪でなかろうが、大勢が悪と言ったらそれが悪なんだ。でも逆に言うと、一般的に悪と言われている物は、実は悪ではないということなんだ」

 中年、いや二十代後半程の男が懇々と話を聞かせている。相手は目の前にいる幼い少年である。彼に反応は無かったが、男が「分かるか」と聞くと、こくりと、小さく一度だけ頷いた。

「だがな、一つだけ。悪魔は倒せ。お前は善悪の判断は無しに悪魔を倒していればいい。はっきりしているな?とっても簡単だ。この世界で人間に敵となるのは悪魔だけ。お前はそれだけ分かっていればいい」

 客観的に見ると、さっきまでの話は何だったのかと言わんばかりの矛盾した話であったが、この子供、もしくはこの二人の間にそんなものは介在していなかった。男の主張が矛盾していることなど、二人にとって重要なことではなかったのである。
 相変わらず子供の反応は鈍かったが、男が「分かるな」と促すと、また一度だけ頷いた。
 それを確認した男は子供っぽく笑い、目の前の幼い少年の頭をくしゃりとさせた。子供は少しだけくすぐったそうにした。

             ◆◇◆◇◆

【ユリーカ】

 湿った空気が肌に触れるのを感じる。起床してすぐの調子は良好で、この気候が過ごしやすいからなのだと悟る。身を起こして洗顔などの所用を済ませ、寝巻きからシャツに着替える。そして黒と白の見慣れた制服に袖を通した。テーブルの上に置かれた緑の章を手に取り、ふと裏に刻まれた名前に指を沿わせる。自分の名だ。それを左胸に着けた。
 身なりを整え手袋を嵌めていると、戸を三回叩く音がした。開けるとそこには先日から指導係として付いた男が立っていた。
「あれ、起こしに来たつもりなのに」
 準備万端じゃないかーと陽気に笑った彼の名は、チトセ・ルイナー・チャンと言う。ここ東方支部のエクソシスト隊第四番隊の副隊長だ。白と黒の教団の制服に身を包んでいるが、脚にゲートルを巻き、平たく黒い靴、老北京靴(ラオペイジンシエ)と呼ばれるものを履いていた。
 短く乱雑に切られた前髪に、結んで長く垂らした後ろ髪。眠そうな眼は茶と赤のオッドアイだ。いつもそうであるのか、かなりラフに制服を着崩している。背が高く、アンリは少々見上げる形となった。
「あっアンリ君ちゃんと肩章付け替えてるね。うんうんおっけー」
 肩章とは制服の肩のあたりに付いた金色のプレートである。教団においてはそこに描かれた模様で所属と等級が分かるようになっている。
 アンリが今回付け替えたのは、一時期だが四番隊所属を表す4本線。そして、中3級エクソシストの印である。
 それを確認したチトセは、
「あっ寝癖はっけーん」
 と突然彼は緩い声を上げ、そうしてアンリの頭をベタベタと触る。どうやらアホ毛のことを指しているようだが、チトセがいくら直そうと努力しても無駄に終わった。
「楽しい」
「……遊んでますよね」
「遊んだね」
 軽いこの男は、ああそうそうとアンリを連れて歩き出した。

「僕これから任務に行くんだけど、ちょっと手伝ってくれない?ていうかもう出撃届出したから」
「もちろん手伝うつもりですが……」
 元々拒否権など無かったのだが、特にアンリも拒否する理由など持たなかった。チトセは満足げに「うんうんユハより全然使いやすいね」と言いながら、何処からか取り出してきたマシュマロを口に放り込んだ。この男、甘い物を定期的に摂取しないといけないらしい。しかし甘い物でなくても腹が空きやすいのはアンリも同じで、思わず見てしまったようだ。その様子に気付いたチトセは、手に持っていた鞄から握り飯を取り出した。
「はい朝ご飯」
「ありがとうございます」

 完璧に餌付けをされている。
 彼らを遠目から見ていた者は、そう思ったに違いない。


 任務の説明の冒頭を聞きながら歩いていると、ある部屋の前で白黒の制服に身を包んだ教団員が、何やら奇抜な格好をした女と揉めていたのが目に入った。

「ごめんなさい、もう、もう、しません!紛らわしい真似なんてしませんからあ!」
 大袈裟な泣き真似で懇願する女は、全体的に黒い和装で、そのテイストに似合わない、目立つ大きな魔女帽子を被っていた。対して教団員の方は狐のお面を被り、赤い女物の着物を羽織っている。狐の彼もしくは彼女は、ピリピリとした空気を出しながら魔女帽女に強く当たっていた。
「よろしいですか貴女、泣き真似をしている場合ではありませんよ。ここが本部で、なおかつ相手がこの私で無ければ火炙りになっていたかも知れないんですよ」
「ひえっ」
「あったいちょー朝からご苦労さまですね」
 通りすがりに声をかけた勇者の如きチトセに、この狐――四番隊の隊長は苛立った様子を見せた。
「ルイナー、この件貴方に任せていいですか」
「いえ隊長、俺は今から手品師退治ですから」
 手を顔の前で振りへらへらとそう言い、ちらりと女を見やる。
「隊長、それ」
「ええ。あの妖怪です」
「あれかー。なんだ普通の女の子じゃないすかー。たいちょーが怖いから泣いちゃうんですよー、ねー」
「え、あ、」
「ルイナー……」
 二人の会話に付いていけず顔を交互に見ていたアンリにチトセが小声で耳打ちした。
「村人から西の神様がいるだとか仙人みたいな妖怪みたいなものがいるだとか言われてね。隊長が山に探しに行ったみたいなんだけど、まさかこんな気弱な女の子だなんてねー」
「気弱ではありませんよ。気弱なふりです」
 グレイヤーはため息をついた。

 彼らの会話を傍で見ていたアンリにとって驚きだったのは、この狐の甘い面であった。本部ではあまり良い噂を聞かなかったが、そう言えば、思い返してみるとここに来てすぐの時にもこの四番隊隊長の意外な面を見た気がした。


【回想】

 ユリーカに着いた次の日。とはいえ今からたった数日前のことであるが、アンリは四番隊隊長のグレイヤーに呼び出された。

 デスクに両肘を付いたグレイヤーと対面したアンリは、一体何を言われるのかと少々緊張していた。あまりいい印象が無かったのと、何より、この狐の面では表情が分からないため尚更である。
 彼の気持ちを知ってか知らずか、グレイヤーは徐に口を開いた。

「ふむ。口八丁手八丁で何とか丸め込んであなたを連れてきましたが、何とも……はあ。もやしみたいで本当に使い物になるか分かりませんねえ」
「えっ」
 そう言ってジロジロと舐め回すように見たグレイヤーに戸惑っていると、背にした扉の向こうから、「うわーったいちょーもやし呼ばわりとかサイテー」と剽軽な副隊長のくぐもった声が聞こえてきた。
「ルイナー」
「隊長の口は悪いけど悪い人じゃないから許してあげてね」
「はあ」
「ルイナー!」
 グレイヤーの一喝で、副隊長であるチトセは「通りすがっただけですよお」と言い、露骨に足音をたてて去っていったようだ。
「彼耳が良いのですよ」
「……そうですか」
 溜息混じりに言ったグレイヤーに何と返すべきか分からず淡白な返事を返したアンリに、グレイヤーはこほんと一つ咳をして、「では本題です」と切り出した。

「貴方の師について、聞きたい事が山ほどあります」
 予想外の単語を聞き、アンリは面食らった。確認するように、ゆっくりと返す。
「師……?あの、先生の、ことですか?」
「ええ」
 狐は整頓されたデスクに置いてあった資料の一部を手に取り、それを見ながら話し続けた。
「私が貴方を連れてきた主な理由の一つですが、本部の監視外で貴方から彼の情報を聞き出すということです。貴方の資料に書かれていた師の存在と、貴方の持つ武器を考えればそれが彼であると一目瞭然なのですが、どうやら触れられて来なかったようですね。知らない人もいますし、口に出すこと、考えることさえタブー視されている面がありますから」
 アンリには何のことかさっぱりであった。そもそもアンリの無関心は昔の方が顕著で、先生の名さえ知らなかったくらいであるのだから。
「今、あの人は何処で何をしているのですか」
 分からなくても、今の意味深な狐の言動で先生が特別な存在であるとは理解ができた。
「ちょっと待ってください。先生は、一体誰なんですか……?教団と関わりのある重要な人物なんですか?」
「質問を質問で返しますか……。というかまさか貴方」
 血の気が引いたような、そんな僅かに震えた声だった。
「先生のこと、何も知らないんです。昔のことも、今のことも。何も聞いていないんです」
 あ、と狐の息が漏れた。そのままわなわなと震え、やがて荒ぶった。
「素性も、名前すらも知らない男と二年半も共に?!貴方正気ですか!」
 そんなことアンリだって思う。だが事実がそうだから仕方がない。苦笑しながら続けた。
「僕も多少は昔の自分を疑います。でもそうなんです」
「はああああ」
 グレイヤーは盛大なため息をつき、頭を抱えてデスクに額を押し付けた。もう立ち直れない、などと弱気なセリフが聞こえてきた。意外な姿だったが、その時のアンリはこんなことさして気に止めなかった。
「教えてください。先生のこと」
 真っ直ぐに見つめたアンリに、グレイヤーはゆっくり体を起こし一つ咳払いをしてから「分かりました」と言い話し始めた。

 少し昔のこと。教団という組織が確立されてから、最年少で団長の地位に着いた男がいた。
 彼の名はサズ・ホリー。若年であるという理由で周囲の教会聖職者たちなどから妬みや反感を買い、(団長はエクソシストの一番の実力者から選ばれるのだが、)当時のエクソシスト達の実力が乏しいからこんな男が団長になってしまったとまで言われた。しかし妬みからの言葉ではなく本当に性格に難があったようで、親しみだけでなく嘲笑から、名前にあやかって「聖騎士殿(笑)」とまで言われる始末だった。実際のところ彼の時代は滅茶苦茶なもので、歴代団長就任期間の平均を大きく下回る年数で団長の座を引きずり降ろされた。団長でありながら、あろうことか「魔女として組織全体に謀反を起こしたが失敗に終わり、その後姿をくらました」という形で。
 彼のことは教団内ではほぼ黒歴史になっており、誰も語ろうとしないのだ。語ることを恐れているようであった。その男自身に、そして、そんな人間が教団のトップだったなんて黒歴史、語ることなど、今の自分たちの顔に泥を塗るような行為であるからである。

「しかしながら、彼がそんなことをする人物だとは思えません。もっと言うと、別の力が働いているようにも思えるのです。私は何年間もあの男を密かながらに探していました。なのにまるで雲のように、尻尾すら捕まえることができませんでした。……そんな時、あの男の持っていた武器を使う少年に出会いました」
 グレイヤーがアンリの顔を見る。
「しかし、その少年は全く知らないと答えました」
 いたたまれなくなったアンリが目を逸らすと、グレイヤーは「まあ仕方がありませんね」と音を立てて資料を机の上に置いた。アンリがちらりとそれを見やると、自分の顔写真と何かが黒々しく色々と書きつけられていた。
「仕方ありませんね。こうなればばりばり働いてもらいますよ」
 もちろんそのつもりだった、というよりもそれがメインだったのだから、アンリは迷いなく頷いた。
「ああそれともう一つ」
 狐は骨張った人差し指を立て、それをスとアンリに向けた。
「あなたから何か妙なものを感じます。悪魔とは何か違うのですが……」
「……」
「まあいいでしょう」
「……では、失礼します」
 きっと腕の傷のことだとアンリは確信した。傷自体はもう治っている。武器が多少変質はしたが。
 しかし何故分かるのか、何故ここで敢えて言ったのか。ともかく深く考えず逃げるように退室したが、扉一枚隔てた向こうの狐がその面の下で何を考えているのか考えると、右腕がじくりと痛んだ気がした。

「ねえ、アンリ君聞いてる?」
「……!」
 彼は馬車の中で揺られていた。チトセの声で引き戻されたアンリは、無意識に腕を押さえていた左手をそっと戻しながら答えた。
「え、ああ。えっと……任務の話ですよね」
「もうーしっかりしてよー」
 そう言いながらも彼はまた一から説明してくれた。

 ある村でのことなのだが、エクソシストを名乗る男が現れた。そして村人達を視て、ある村人に憑き物が憑いていると言い、それを祓って英雄となったそうだ。

 エクソシストとは、対悪魔組織メルデヴィナ教団に所属する武器使いのことを指すのが本意となっている。しかしたまに概念的宗教的悪魔をさも存在するかのように語り、それを祓うことを生業とした者がいる。彼らと教団のエクソシストの違いが分からない者も多いが、教団としては彼らのことをマジシャンエクソシスト、手品師や魔術師と呼んで区別している。
 しかしその存在自体が問題視されているのではない。その行為自体は、悪魔が取り付いている気がすると言い病む人間の、精神的苦痛を和らげる。しかしだ、それにより無駄に不安を煽っり不当に金を巻き上げるようなことをすることや、強大な勢力を持つと問題なのである。今回の手品師は村人から貢物や金を相当巻き上げたという。

「今回の任務はアンリ君と俺だけ。ここでは一般隊とあんまりまぜこぜにしたりしないから、覚えておいて」
 そう言ってチトセはどこからかマシュマロを取り出し口に放り込んだ。ついでにアンリの口にも詰めた。

 馬車から降り目的地まで暫くは歩く。足場の悪い山道を行けば、やがて小さな集落を見えてきた。その頃にはすっかり日は暮れていた。
 彼らは村を見下ろす形となった。村の周りは堀で囲まれ、門は一つしかなかった。
 目を細めて見ていたチトセだったが、「見て」と小声で言って指を指した。その方向を辿れば、門のあたり、二つの人影が村を出ていくのが見える。
「まあ、多分だけど。特徴がターゲットと一致するんだよね。仰々しいあの格好は多分合ってるんじゃないかな」
 曖昧なことを言うチトセ。しかしこの視界からでも見えるとは、相当目がいいらしい。
「尾けるよ。音は極力立てないで」
 そう言い猫のようにしなやかな身のこなしで進むチトセの少し後ろをアンリは必死に追いかけた。

             ◆◇◆◇◆

 暗闇に包まれた山道を歩く、二人の人物。
「今回は割と稼げた。民衆が迷信深いのはどこの国も変わらないな」
 そう堅苦しく話すのは、聖職者の格好をした男。
「ふうん。俺あんまり分かんないけど、アンタがそう言うならそうなんだろ」
 隣を歩く、明かりを持った小柄な中性的な人物(仮に少年と表現する)がそう言った。彼もまた、衣装と呼ぶべき仰々しい格好をしている。
「犬に嗅ぎつけられないよう夜に出るって作戦だったけど、」
 どこか諦めの混じったような声色で、彼は続けた。
「どうやらダメっぽいよ?」

 刹那、この少年の背後、暗闇から飛び出した閃光に、聖職者の格好をした男はすぐさま反応した。仲間の少年の服を左手で掴み引き寄せ避けさせて、右手に持っていた杖でチトセの刃を受け止めた。チトセは楽しそうににこりと笑みを浮かべた。
「へえ、手品師だから素人だと思ってたけど。なかなかやるんじゃん」
 拮抗した刃を押しのけ、互いに間をとる。
 構えた男、ターゲットであるマジシャンエクソシストに対し、チトセは特殊な形をした己の青竜刀をぶんと振り下げ眠そうな声を上げた。
「面倒臭いからさっさと終わらせるね」
 そうして武器を正面に構えた。
 彼の目が、紅く変わったように感じた。

「啼剣(なきつるぎ)、食せ」

 一瞬何も起こらなかった。しかし、その瞬間、不快な音が、不快な感覚が敵を襲った。
 カラカラと、ガラガラと笑う声、キイキイ叫ぶような悲鳴が耳を劈き頭まで響き、目の奥を抉るような痛みとグラグラと揺れる視界に立っていることもままならない。
 これが彼の魔魂武器の効果。神経に直接来る非物理的な攻撃は魔魂武器の中でも珍しい。周囲にこの効果を与えることができるが、問題があると言えば、ターゲットをロックオンできないことだ。
 呻き這い蹲る二人を眼下に眺め、悠々と縄を取り出し始めたチトセだったが、不意に杖の男が腕を伸ばしたのに強い警戒心を抱いた。しかしそれは間に合わず、カッと光が瞬いたかと思うとチトセは膝から崩れ落ちた。
「あ゙っ!?ああああああっっっ」
 エクソシストの悲痛なうめき声を聞きながら、二人はよろりと立ち上がった。
「これは反射だ。自分の術にかかることなんざ滅多にないから存分に味わっているといい」
 その声が本人に届いているのかどうかさえも怪しい。もういいという風に立ち去ろうとした男だったが、「待って!」ともう一人のランプを持った少年の叫び声が聞こえた。
 男が振り返ると、ガシャンとランプの落として割れる音がして、相棒の少年はあっという間にロープで巻かれ地面に転がされていた。月明かりしかないのでよく見えないが闇の向こうにもう一人の敵が見える。しかし一瞬のことで何が起こったのか分からない。
「次はそっち」
 そう言ったもう一人のエクソシスト、アンリはそっと右手を払う。手にあるはずの武器は漆黒で闇に溶けている。どんな攻撃が来るのか、手品師の男には全く予想がつかなかった。
 アンリがふと揺らぎ、男は閃く鋭い刃を必死に受け止めた。何度も突き刺すように繰り出されるアンリの攻撃を、男は杖で受けるも徐々に押されていく。しかし男もただやられているだけではなかった。
 鈍い音と共に彼の武器を捉える。動きを見極めて流れを止めたのだ。そしてギリギリと競り合う。力はアンリの方が弱く、押し負けそうだ。
「はっ!」
 男が強く押し退け、その反動でがら空きになったアンリの腹部に杖を叩きつける。反射的に漏れた小さな悲鳴と共に、その細い体は僅かながら吹き飛んだ。
 咳き込んだアンリだったが、すぐに体を起こす。そしてそのまま右手を伸ばした。
 刹那、伸びたのは黒い何か。数本のそれが地と平行に走り、手品師の男の武器を捉える。
「また面倒な……うわっ!」
 アンリの操るティテラニヴァーチェに杖を持っていかれそうになりながらも、彼は上手く杖を回して引き離す。男が体制を立て直した時には、アンリもまたしっかりと地に立っていた。
「逃がすつもりは無いということか……どうやらお前を倒さないと逃げられないらしい」
「……お手柔らかに」
 アンリが右に腕を払うと、長かった武器がまた剣の形に変わる。
 そしてまた切り合いが始まった。

 その間に、地面に這いつくばったままだったチトセの右手は地を這い、落としていた武器をようやく掴んだ。そうして自らの武器に語りかける。
「ぐ、啼剣ィ……解除、だ、ぁ」
 術から解放されたチトセが頭を押さえつつ、息絶え絶えに二人を見やれば、アンリが優勢であるようだった。

 男が後ろに飛び間合いを取ったが、アンリもすぐにその方向へ飛ぶ。そうして男の手元めがけて武器を振りかざした時だった。またカッと彼の手元が光った。
「な、」
 アンリの右手に握られていたはずの鋭利な剣は、形を保てずぐちゃりとした黒い液体になり、水のように弾けた。そしてアンリ自身の腕にまとわりついた。見計らって男が距離をとる。
「な、ティテラ……っ!?」
 腕だけでない、侵食したそれは首元まで徐々に伸び、己の武器に殺されるのかと彼の恐怖心を煽った。
「くそ、言うことっ、聞いて……!」
 武器が奮えないどころか体の自由を奪われ焦りを見せるアンリ。黒い己の武器が、喉元へと伸びようとしていることに彼は命の危機を感じていた。そんな彼を放置し逃げ出そうとした男の前に立ち塞がったのはチトセだった。
「随分とやってくれたねえ?全く、イロモノなんて使っちゃってさあ」
 自分が言うか、と彼の狐上司がいたら言われるだろうが、今夜彼は一人であった。
「君たち、ずるいよ」
 闇に浮かぶ彼の表情は、狂気的な笑みだった。
 月の影に照らされ白く輝く彼の刀が、宙を舞い、もう一人の手品師の少年の近くに突き刺さる。
 困惑した男など他所に、丸腰になったチトセは独特の構えをとった。
「武器に適合したということだけが実力の全てじゃないんだよ。君の力はエクソシストを無効化させるのに特化しているようだけど、だからと言って勝てると思うなよ?……まあ、面倒臭いからあんまりこれはやりたくなかったんだけどさっ!」
 ゆらりと揺れてから繰り出された鋭い蹴りについていけず、男はそれをもろに顎に食らう。チトセのとる型が見慣れないのか、手品師の男は一方的に攻撃を受け続ける形になった。チトセは無双状態だった。
 男が押されるにつれやがてアンリの武器が元に戻り、冷静になった彼は、ただ薄ら笑いを浮かべながら男をサンドバッグにするチトセを見て、彼は怒らせるべきじゃないなと肝を冷やした。

 かくして、この手品師の二人は捕まり、エクソシスト達は彼らを近くの村の宿で尋問することになった。







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