12話「神隠しよりも怪なり」







【アリア=レコード】

 今日のアリア=レコードは、いつもよりも青が深い気がした。

「いらっしゃい。私の愛するアリア=レコードへ」
 しかしエメラリーンはいつものように椅子に座り、いつも通りの挨拶をする。
「エメラリーンさん。今日はこの部屋、少し暗いですか?」
「何を仰るかと思えば。正確に言うと、この部屋はいつも少しづつ変化していますよ。明るさ、本の位置、椅子、そして私さえも」
「……気付きませんでした」
「そうでしょうね。今日あなたが暗いと思ったのは、あなたの気分によるものですよ。……後それから。私のことはエメラリーンと呼んでください。そして敬語は要りませんよ。何故なら私はあなたであり、あなたは私だからです」
「……考えておきます」
 呼び捨てとか、敬語を使わないとか、慣れないものは急にできないのである。
「慣れないのなら、いつでもよろしいですよ。私は待っています。彼の人の桎梏に捕らわれているのはよく分かりますから。ほどけるまで、いつまでも」
「?」
 小首を傾げたアンリなど他所に、エメラリーンは別れを告げる。
「さて。時間ですよ。また今度」

             ◆◇◆◇◆

【コリデラ地区】

 下級悪魔を払いながら村を目指していた一行だったが、フレッドがあるものを見つける。
「班長。あれ、迷子じゃないすか?」
 裸足でふらふらと彷徨う女の子がいた。手には何も持たず、服は都市部の富裕層の家の子供といった感じのワンピース。土で汚れ所々破けてしまっている。
「君、大丈夫?ヘルシェロから迷子になったの?」
 駆け寄ったフレッドが優しく声を掛けると、女の子はゆっくりとフレッドの方を見た。そしてガタガタと震えたかと思うと、そのまま倒れてしまった。
「は、班長……!」
「……仕方ない。せめて村まで連れて行こう。少なくともここでは何もしてやれることはないからな」
「おっ俺がおぶるよ」
「ありがとなレイン」
 レインの荷物をフレッドが持ち、レインが迷子の女の子を背負う。そんな状態で調査隊は目的地、暗黒地帯17ポイントと呼ばれている村へと到着した。

 到着した途端、その白と黒の制服を見た村人達が、エクソシストが来たと騒ぎ始めた。そして引っ張られるがまま、すぐに宿を宛てがわれた。
 女の子を寝かせフレッドに看てもらっている間に、メリゼルは村長と名乗る男と話をしていた。

「まさか、教団のエクソシスト様が来てくれるなんて。私共は本当に困っています。いやあ助かった」
「私はエクソシストではないんだが……。それより、困っているとはやはり子供が失踪する事件でしょうか」
 若い村長は不思議そうな顔をして、やっぱりエクソシストはすごいですねえと他人事のように言った。
「そうなんです。失踪、と言いますか、数ヶ月前から、特に小さい子供達が一人、また一人と気付いたらいなくなってしまうんです。でもそれから数日したらひょっこり現れるんですよ。けれどみんな様子がおかしいんです。無気力で、何があったのかと話し掛けても何も言わず、時々発狂したり突然眠り出したり」
「発狂……?」
 予想外の村長の発言に、暫くメリゼルは考え込んだ。これはなかなか何が絡んでいるのか分からない。
「きっと悪魔の仕業なんです。森に住む悪魔が我々を貶めようとしているんだ……」
 概念的な悪魔と、教団の相手取る悪魔との違いが一般人には分からないことが多い。特に暗黒地帯では顕著だ。村長は悪魔を畏れている。この場合、御供が行われていることが多いのだ。メリゼルは鋭い眼光で村長を見つめた。
「これ以上の被害を恐れて、生贄、なんて捧げていませんか」
 ぴくりと村長の肩が跳ねる。繕おうとしても、メリゼルの目は誤魔化せなかった。
「……人身御供を何回か行いました。でも、だめでした。村はもう……」
 メモを取っていたメリゼルは溜め息をつく。人身御供は本来神に捧げるもの。悪魔相手にそのようなことをするのは、いくら概念的な物だと言っても矛盾している。悪魔信仰を行った魔女として捕まってもおかしくはない。
「村長。あなた、相手が私で良かったですねえ。無自覚でもサタニズム行為として捕まってたところですよ。人の命は戻って来ませんが」
 身震いした村長に、穏やかに話し続ける。
「とにかく、詳しく聞かせてください。この村を守ることができるやもしれません」

             ◆◇◆◇◆

 レインは村人達に話を聞こうとうろついていた。元々人と話すのが得意ではないので、何となく話しやすそうな子供を選んだ。少年は井戸の近くに立っている。
「ねえ、ちょっと、聞いてもいいかな……?」
 振り向く前に、その子供は地面を睨み付けたままぶつぶつと何か言っている。
「つぎの い……にえ おれが つぎの……」
「だっ大丈夫?!」
 突然子供は倒れた。慌ててレインは受け止める。もう、涙が止まる筈がない。


 メリゼルが村長の話を聞いていると、外がやけに騒がしくなった。泣き虫の部下の叫ぶ声が聞こえる。とりあえず二人は部屋を出た。
「班長、大変ですよ!その――」
 同班のヤジローが言うのに被ってレインが泣き叫ぶ。
「めっめっメリゼル班長!うわあああ」
「ちょっとレイン落ち着くんだ。誰か説明を……」
 泣き崩れるレインを宥めるメリゼル。ヤジローは取り乱しながらも言う。
「三番隊のアーサー・エルフォードが何者かに連れ去られました!俺とロヴェルソンさんとで一部目撃したのですが、現在ロヴェルソンさんが追跡に向かいました!」
「うっうっどうしよう……死んじゃったらどうしよう。友達なのに……」
 レインを元気付けようと、メリゼルは今一つのフォローを入れる。
「だ、大丈夫だろ。ここの人らも暫くしたら帰してもらってるみたいだし」
「無事ではないですけど」
 すっかり生気の無くした村長が暗いことを言う。それを聞き、レインはもっと涙が溢れそうになったが、ある声ではっとした。
「大丈夫?」
「君は、さっきの……」
 先ほど倒れた少年だった。心配そうにレインを覗き込んでいる。レインは年下に心配されていることが段々と恥ずかしくなってきて顔を赤らめた。
「さっき宿まで運んでくれたの、お兄ちゃんでしょ。ありがと」
「え、あ、大丈夫なの?」
「うん」
 幼い少年はメリゼルに向き合う。
「俺、メルフィスって言います。何か力になりたいんですけど、できることはありますか?」
 メルフィスの瞳はしっかりとした意思を宿していた。メリゼルは少し考えてから答えた。
「ありがとう。ここに倒れたままの女の子がいるんだけど、その子の看病の手伝いをしてやってくれないか」
 少年はこくりと頷くと、部屋を出て行った。「しっかりした子ですね」と、村長はまるで人ごとのように言った。

             ◆◇◆◇◆

「はあー。今日は大漁ねぇ」
 女は大きな独り言を言った。
 薄い雪の層をブーツでざくざくと踏んで行く。降り出した雪により、その足跡も消えつつある。
 先程手に入れた教団の人間を代価と引換にして押し付けたのち、何となく背後に人の気配を感じるので適当に歩いていた。
「あんなもの、一体どうするのかしらぁ。まあ私の知ったことじゃないわねぇ」
 ねちっこい話し方をするどこかの軍服のような作業服を着た女性。東の血の混じった顔立ちをしている。そう、便利屋のリンである。彼女は少し前から依頼を受けて、近辺の子供をひっそりと攫うことを仕事としていた。
「ねえ。そろそろ出てきたらどうかしらぁ……っ!」
 振り向き放たれた銀の筋。少し離れた木の幹に突き刺さる。それは小さなドライバーだった。
 ざくりと雪を踏み、木の陰から現れたのはサクヤだった。その黒と白の制服を見たリンはすぐに教団の人間だと分かった。
「あらエクソシスト様じゃあないのぉ。殺気立ってどうしたのかしらぁ!」
 また放ったドライバーに避け、サクヤは体勢を低くしすごい速さで迫ってくる。リンは作業着から大きめのドライバーを取り出し、そのまま刃を受ける。カキンと音がして刃とドライバーがぶつかった。左から飛んできた2本目の刃も受け止め、じりじりと競り合う。
「もう。そんな危ないもの振り回してたら危ないじゃないのぉ」
 気の抜けるようなリンに対し、サクヤは表情を変えずに更に力を加えた。
「ちょっとくらいは喋ってよぉ……と」
 ガキン。と一回は離れる。リンの様に体勢を崩してしまうのが普通だが、サクヤは瞬時に立て直し懐に攻撃を仕掛ける。
「おっと」
 リンは体をうまくねじって躱すと、その勢いのまま転がって間合いを取る。
「全く面倒な相手ねぇ」
「……」
 それはサクヤも同じだった。サクヤは不意に双剣を左右に構え、動きを止める。
「なにやってるのかしらぁ!」
 飛び込んで来たリンの攻撃を、結った長い髪が受け止める。予想外の髪の動きに驚きを隠せないリンをサクヤは見上げる。
「今は邪魔をしてはいけない時だ」
「は……?」
 すっと息を吸い込んだサクヤに、頭が警鐘を鳴らしたリンはすぐにでも離れようと構える。

「グレヴォラ!」
 どっと下方から温風が吹いたように、髪や制服が吹き上げられる。黒かった髪は燃えるような赤に変わり、火の粉が舞った。足元の雪が溶け、黒土が剥き出しになる。
「あつっ」
 飛び退いたリンは、サクヤを見て目を見開き楽しそうに笑った。
「すごいわぁ。さすがにエクソシストねぇ!」
「なあ。びっくりしたか?すげえだろ」
「??」
 突然に聞こえた男の声。目の前の人物からではないことは確かだ。キョロキョロと辺りを見回しても、それらしい人物はいない。
 一瞬驚いたリンだったが、徐々に嬉しそうな顔に変わる。
「面白いわぁ!こんなの絶対おかしいじゃないのぉ!」
 違和感や未知は彼女にとって恐怖ではない。そんな風に、大きな独り言を言って笑うのだ。
 サクヤが炎を出そうとするよりも早くリンは間合いを詰め、左手をサクヤの目の前に突き出す。その時白い何かが顔面に吹き付けられる。袖に仕込んであったスプレーを使ったのだ。
「っ!?かはっ……く、そ……」
 予想外の攻撃。まともに浴びたサクヤは昏倒し、その場に倒れた。リンは持っていたガスマスクを瞬時に取り出し被り、吸い込まないようにした。

 暫くして落ち着いた頃、茂みから見覚えのある白衣が近付いてくる。
「やあやあやあー。リンさんそれ使ってくれたんだねー?」
「……見てたんなら手伝って欲しかったわぁシリス・レヴァーニャ」
 さっきのテンションはどこへ行ったのか。リンはイライラとしながら、ニコニコとした男を睨む。
「あっちに用があってさー。偶然見かけたから眺めてたんだよー。いやあリンさん。絶対使わないって言ってたのに使ってくれて嬉しいよー。どう?即効性が凄いでしょ?頑張ったんだよーうん」
「そうね。少し強過ぎるほどだけどねぇ」
 シリスは先日自分が開発した薬について熱く語り始める。そんな彼を尻目にリンは取り出した麻袋に眠ったままのサクヤを詰め始める。
「どうしたのその子。エクソシストに見えるけど、喧嘩でも売ったのー?麻袋に詰め込んじゃうなんていい趣味してるよねー」
「さっき私が依頼者にやった教団員が部下かなんかだったのかもしれないのよねぇ。私返り討ちにしちゃったわあ。人間相手には特殊攻撃ができない信条でもあるのかしら。それからあなた、気持ち悪い発言はやめてくれるぅ」
 シリスの本気なのか冗談なのか分からない発言に、リンも適当に返す。どうやらそれぐらいの仲のようだ。
「他のと同じ。研究所に持っていくのよぉ」
「ええー勿体無いー。あんな墓場に持ってくなんて実に勿体無いよリンさん。どうせなら僕に譲ってよ」
 シリスは子供のようにニコニコとして麻袋を指さす。
「嫌よぉ。こっちはお金がかかってるんだからぁ。どうせあなたにやったって、あれでしょ、色々と可哀想な被験者になるだけじゃないのぉ」
「リンさん酷い!でも分かってるよねー」
 さらっとすごい会話をする二人。シリスは「くれないなら仕方ないねー。帰るねー」と言い去っていく。

「……何の用だったの……。あら?こんな所に人形なんてあったかしらぁ」
 雪の上に、布でできた髪の長い人形が落ちている。こんな物には気付かなかった。
「まあ。別にいいか」
 リンは、よいしょと麻袋を抱え再び研究所へと足を運んだ。

             ◆◇◆◇◆

 この村では数年前流行った病気によって親が死んでしまい、取り残された子供が何人かいる。親の庇護を受けられなくなった子供は、周りの大人の同情を買っても本当の意味での愛を受けることはできなかった。同時に子供達は子供達で強かに生きざるを得なかった。
 メルフィスもそんな不運な子供の一人だった。悪魔から村を守る為として、メルフィスは次の人身御供になる所だった。しかし教団が来てくれたのだ。メルフィスの精神は大分安定した。ストレスで倒れただけだったのだ。
 目の前の少女はこの村の子供ではない。けれど様子が、悪魔に呪いをかけられたこの村の子供達と一緒だった。そんな子供は診療所に沢山いる。
 メルフィスは少女の世話を任されたが、実質一人ではなかった。元からいたフレッドという青年が、今診療所の方を見に出ている。

「ぁ……」
「?」
 少女の口が僅かに開き、か細い声が漏れる。起きるのかと思った矢先、少女の目が見開かれ悲鳴が響いた。
「ああ……ああああああああああああっああっいやあああああこないでえええええ」
「え……あ……」
 驚いてしまい呆然としてしまうメルフィス。その時駆けつけたフレッドが「暴れるかもしれないんだ!」と言い少女を抑える。握り締められた手は可哀想なほど白かった。
「ああっ……ひぐっ、ひぐっ……う、う、あ……」
 嗚咽を漏らし泣き出す少女。しかし彼女は眠ったままだ。
 しばらくすると落ち着き、すと再び静かに少女は戻った。震えるメルフィスにレインが「大丈夫か」と声を掛ける。メルフィスは頷くのが精一杯だった。自分では何もできない。そんなもどかしさで胸が苦しかった。悪魔なんていなければ……そうメルフィスは拳を握りしめた。

「私は、システィーナ。……」
 それから暫く経った時、少女は眠ったまま呟き始めた。
「あなたは……誰?」
「システィーナって言うの?」
 メルフィスの声は届かないようだが、システィーナは誰かと会話しているようだ。
「違う、私は……あなたのことは……知らないよ……」
 そうして、すっと瞳が開いた。システィーナはきょとんとして辺りを見回し、ベッドにいること、そしてメルフィスを見ると全てを察したのか、驚いているメルフィスの手をがしりと掴み、予想以上にはきはきと話した。
「君、私の看病してくれてたんでしょ?見ず知らずの人間なのに。ありがとう」
「えっ……え、……うん。あ、大丈夫?」
「うん全然平気。すっごくお腹は空いてるけど。……長い夢でも見てるみたいだった。内容は覚えてないんだけど。ね、夢って起きたら忘れちゃうよね」
「う、うん」
 今まで眠ったまま叫んだりしていたとは思えない。しかもシスティーナの距離感は独特で、メルフィスは終始おどおどとしていた。
「あっそうだ」
 システィーナは人懐っこい笑顔で右手を差し出す。
「私、システィーナって言うんだ。よろしくね」
 肩につかない程度に切られた薄い金の髪に窓から入った光が反射して、まるで天使の輪が見えるようだ。
「俺はメルフィス。……よろしく」
 にこりと細められた彼女の瞳は、メルフィスが今まで見たことのない、綺麗な緑色をしていた。

「んっ何だかいい香りがする!」
 すんすんと鼻をひくつかせたシスティーナ。同時に、皿を持って入ってきたフレッドは、驚きのあまり皿を落としそうになった。
「おおおお起きてる!」
「そうなんです、さっき――」
「ご飯!」
 ベッドから這い出たシスティーナは、よろめきびたんと派手に転ぶも、すぐに顔を上げて「ご飯!」と言った。子犬のようだ。
 暫く固まっていたフレッドだったが、それはたったの数秒間に過ぎなかった。「よし、飯だ、飯だぞー」「わー!」だなんて精一杯のハイテンションで、システィーナに食事を振る舞う。そして、システィーナがご飯を食べているのを確認すると、メルフィスに言った。
「じゃあ、俺は取り敢えず報告してくるから暫く宜しくな」
「はい」

 部屋を出たフレッドは、システィーナの外見を改めて思い返した。珍しくもない青に近い目の色はそこまで希少ではないが、宝石と呼ばれるペリドットにも近い緑。ぼんやりと、とあるルームメイトの顔が浮かぶ。
「まあ、関係無いか」
 考え過ぎだと頭を降る。外に出て、メリゼルを探すも見つからない。同班員のギルベルトを捕まえて尋ねると、どうやらメリゼルは一時的な報告の為に暗黒地帯から出ているようだ。

 仕方が無いと、帰りを待つことにしたフレッドだったが、その時背中に重い衝撃が走る。
「……レイン」
「うっ、うっ……フレッドお……」
 何時にもなく酷く泣いているレインにフレッドは優しく声を掛け引き剥がす。
「レイン。何があった」
 ぐすぐすと鼻を啜りながら、レインはある物をフレッドに見せた。
「これ……」
 間違いない。サクヤの人形だった。雪だか涙か鼻水かは知らないが、濡れてしまっている。
「随分と離れた雪原に、落ちてた。……これ、クルスドクターに、絶対に肌身離さず持ってろって、言われてたからサクヤさん、サ、クヤ、さんは……」
 レインは嗚咽を漏らし、途切れ途切れになりながらも話す。やがて大きな声になる。
「どうしよう、どうしようフレッド!サクヤさんは連れ去られたんだ!お、俺――」
「レイン」
 黙って聞いていたフレッドだったが、彼はレインの肩を掴み強い調子で言い聞かせた。
「レイン。お前が泣いててどうする?副隊長は好き云々の前にお前の命の恩人なんだろ?!しっかりしろ!泣いてる場合じゃねーぞ!」
 はっとしてフレッドの顔を見つめる。見開いた瞳からほろりと最後の雫を零し、レインは「そうだね」と落ち着いた様子で返した。
「ありがとうフレッド。確かに、泣いてる場合じゃない。サクヤさんがあの時俺を助けてくれなかったら、俺は今ここにはいなかったし、フレッドやみんなにも会えなかった」
 涙はいつしか乾いていた。
「だから、今度は俺がサクヤさんを助ける番。フレッド、ありがとう」
 彼は人が変わったように強い瞳をフレッドに向ける。「ああ」と言ったフレッドに人形を預け、背を向け歩き出したレインを、フレッドは慌てて腕を掴んで呼び止める。
「おい、まさかこのまま乗り込む気じゃないだろうな。相手も分からないのに」
「きっと敵は悪魔なんかじゃない。人だよ。それに俺だってそこまで馬鹿じゃない。班長を迎えに行くだけだよ」
「……そうか」
 フレッドはレインの腕を離す。
「うんそう。だからフレッドはあの子やこの村の子供達を看ててあげて」
「……うん」

 そう言い歩き出したレインだったが、一人になった途端その表情は冷たいものになった。
「許さない。絶対に」
 腰や胸に手を当て、ナイフ、銃の位置や弾の残量を確認すると、そのまま森の中に消えて行った。







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