53話「使命より何より」





【モニター室】

 予備電源だけで照らされた薄暗い室内。トランプでありとあらゆる遊戯をしていたシリスと秘書は、飽き始めたのかトランプタワーを作っていた。シリスがそれを作るのに必死になっている様子を眺めながら、眼鏡の秘書が切り出した。
「少々、気になっていることを聞いてもよろしいですか」
「どうぞー」
「死んだ花守の悪魔が何故生きているのか、全く分からないのです」
「人間にしか適応しない花守の石を埋められた悪魔、エクソシストに殺された筈が、いつの間にか人間に定着していた花守」
 立てていたトランプのバランスを誤り、目の前でパラパラと崩れてしまう塔。細い目の奥が鋭く光る。
「……ここで、当時聞いていた情報を元に僕が立てた仮説はこう。暴走した花守に食われた人間がいたことは分かっているんだ。悪魔とは同化できなかった花守の石は、その人間と同化した」
「悪魔に食われて、本体が死ぬ程の魔魂武器の攻撃を受けたのに生きているとは」
「そういうのは君の方が詳しいんじゃないの?F研究室の室長でしょ」
「元です」
 ふむと顎に手を当て暫く考えていた秘書だったが、個人的に納得したらしい。
「残念ながら、魔魂武器の研究は他の部門に比べ最も遅れを取っている領域です。やはり、科学の力ではどうにもならない部分がありますから。私は、そこから逃げたのです」
「君が両腕を上げる程なら、仕方無いよねー」
 おかしな物言いをする男に慣れているようで、最早訂正をしようともしない秘書は溜め息をつく。
「我々は魔術の領域に疎い。科学で証明できないものが存在することがこんなにもどかしいとは」
「こう見ると、やっぱりあの人は変わり者だったんだなって思うよね」
「あの人?」
「オカルト研究者はうちでは変わり者扱いだったなって」
「そんなの、アリア氏しかおられなかったではないですか」
 かつて幻想に取り憑かれていた男の話。だが、彼は至極正しかったのではないかと思い始めた者達もいた。

 机の上に散らばったトランプを集めながら、暇だなとシリスは零す。
「待つしかやることが無いのは暇だね」
「私は大事な命が誰とも知らない者達に委ねられているストレスで気が気ではありません」
「確かに、もっと平和的な解決方法はないかと思っちゃうよ。勿論僕は、温厚な平和主義者だから戦いなんて起こしたくないんだけどさ」
 床に落ちていた一枚のジョーカーを拾い上げて、山の一番上に重ねた。
「あの人がやるって言ったら仕方ないよね」



◆◇◆◇◆


 重い空からポツリポツリと雨が降り始め、泥沼の戦局を天候をも再現し始めた。

53

 悪魔の花守は昔、確かにエクソシストに殺されていた。正確には、相打ちであった。


 様子のおかしい悪魔が突然出現したという知らせが入ったのは、おおよそ今から三年前の嵐の夕方だった。
 この案件の発生場所は本部の管轄下だった。当時本部三番隊の隊長をしていたクロウは、副隊長のヒュール・ベルガモット、そして本部にいた一般隊の五番隊第四班と共に現場へ向かった。

「随分と肥太った奴だな。一体何を食べたんだ?」
 土砂降りの中、外套のフードを深く被ったショートの女、ヒュールが目を細める。隣の男は首を傾げた。
「さあ。……見たことのない形だ」
 悪魔を少し離れた位置から観察する教団員たち。ターゲットとなる悪魔は、ずんぐりとしていて何かの動物に例えようがなかった。5メートルはあるであろう非常に大きな体をのろのろと動かし、上部にある小さな人のような顔をゆっくり振っている。その姿は頼りなく何かを探しているようにも見えたが、行き場を無くして彷徨っているようにも見えた。
「我々には気付いていないようだな」
 ヒュールが呟く。隣の黒髪の男……ベルガモットが頷いた。
「ああ、耳も随分遠いみたいだ。動きも鈍い。だが気を付けろ、」
「油断はするな、だろう?」
 ベルガモットの唇に指を当てて微笑んだ女に、ベルガモットは「馬鹿な真似はよせ」と咳き込むふりをした。後ろにいた四班の班長は溜息をついた。
「ふざけないでくださいな二人共。結婚が決まって浮かれてるのも分かるけど、僕達もいるんだよ」
「悪いねレイクレビン。背が低くて見えなかった」
「ベルガモット女史?」
 不服そうな男に反し、二人はケラケラと笑った。
「――さて、事前に確認した作戦通りにいく。くれぐれも用心してくれ」
「勿論だ」
「勿論」

 簡単な仕事の筈だった。悪魔の動きは鈍く、いつも通りであれば迅速に任務を遂行できる筈だった。
 それなのに。

「ヒュール!ヒュール!!」
 嵐。声が掻き消されそうな程の雨音に負けないくらい、男は叫んでいた。
 走る。雅京で最前線を走っていた恋人の元へ。
「ヒュール!」
「ああ、クロウ……?」
 ベルガモットでさえ、あのような様子は初めて目の当たりにした。悪魔の中核と思われる腹部にヒュールが攻撃を加えた途端、その部分が光り彼女の攻撃は無効化された。呆気に取られたヒュールがその後も攻撃を加えても全く効果が無く、逆に与えた特殊攻撃がそのまま返ってくるという事態も起こった。全力を出した攻撃がそのまま返されたとあって、彼女は呆気なく墜落する。遠距離から狙っていたベルガモット達が何とか悪魔を仕留めた時には、ヒュールはもう戦える状態ではなかった。
「おかしいな、こんなことって、あるんだね……」
「ヒュール……」
「馬鹿だねあたし。あんなに、浮かれちゃってさ」
 血が溢れる。けれど彼女はやめようとはしなかった。
「結構笑うところも、好きだ。あなたの声も、あたしは好きだったよ。とっても覚えてる」
「やめてくれ……まだ、」
 ヒュールは首をゆっくり横に振った。細めた優しい目は雨で濡れている。血だらけの右手を震わせながら、ベルガモットの頬を撫でた。
「好きだよ。クロウ。あなたと共にいて、あたしの後悔という後悔は、無い。……だからどうか、自分を責めないでくれよ……」
 ベルガモットは泣きそうな顔で首を振る。
「……もう、見えないよ。……ああ……あなたの本当の声。また、ききたい……」
「――ッ」
 力なく落ちた右手を握り、ヒュールを力強く抱きしめた。血に濡れた頬を、雨が伝う。彼は、自分の声が出せないことを心から恨んだ。
 その様子を見ていた四班班長は帽子を脱いで胸で十字架を切ったのだが、班員が「子供がいる」と彼を呼んでいた。

 ヒュールが死んだのは、運が悪かったとしか言いようがなかった。誰が悪魔の中に人間がいると考えただろうか。誰が、その人間が雅京の適合者で、武器が効かなかったと考えただろうか。確実にベルガモットのせいではないのだが、彼はずっと自分のせいだと思い続けてきた。そしてはっきりと、新しい雅京の使い手のせいでもないと言い切っていた。最も大切な者のいない、面影しかないこの三番隊に彼は在籍し続け、彼らの様子を見続け、教団に貢献し続け、その一年後、ヒュールの後を追うように姿を消してしまう。


 暗い天を睨みつけるように、真っ暗に澱んだ瞳で空を仰ぐ男。まるで、死に場所を探しているような目だった。


◆◇◆◇◆


【戦場】

 アーサーはある男を探していた。死の国から蘇った元三番隊隊長の姿を。
 黒く重い空は、ぽつり、ぽつりと泣き出した。アーサーが目を細めた時、丘の上に見覚えのある赤い着物の男を見つけた。彼の足元には、何やらワラワラと敵が群がっていた。彼は黒い剣を掲げる。
(血の武器、ウァンパイア……)
 アーサーは加勢に向かおうとしたのだが、直後放たれた彼の言葉に耳を疑った。
「さあ。吐き出せウァンパイア……三千黒箭!」
「!?」
 グレイヤーの武器ウァンパイア、先から溶けだすように黒のコウモリが現れ、それは彼の上空を覆う。そして、無数の黒矢が飛び出した。
 アーサーは思わず感嘆の声を漏らす。
「すごい……」
「おや、見られてしまいましたね。結界の外ですからね」
 三千黒箭は、アンリの持っているティテラニヴァーチェの技の筈だ。だが、狐面に女物の赤い着物を羽織った酔狂な男はケロリとしていた。
 アーサーはウァンパイアの能力を知っていた。聞いていたからだ。ウァンパイアは吸った者の能力を得るということを。
 アーサーの顔を見て言いたいことを察したのか、グレイヤーは自分から話し始めた。
「……同じ血の武器でしょうか、相性が良い。しかし彼の武器は自らの血肉そのもの。しかし私の武器は、己の血の混じらないもの。戦った数多なる者の血を吸って肥えた血の武器なのです」
 グレイヤーはかつて武器と同化しかけていたアンリの血を吸ったことがあるが、彼はその為にわざわざあの時武器で血を舐めとったのだった。
 アーサーがグレイヤーと同じ位置に立ち見下ろす。すると彼が味方を入れない為に張ったとされる、結界の杭が遠くに見えた。それに囲まれた四方の中では、煤と共に機械の破片のようなものが散らばっている。
「あれは……辺り一面一掃する程の技だったのか……」
「彼、今迄手を抜いていましたね。……いえ、私と姫ちゃんの練度の差でしょうか。しかし本来私は下位互換しか出せない筈ですが……。ともかく、私程の手練ではないとここは務まりませんね。ましてや貴方には任せることはできません」
 グレイヤーの言葉をアーサーはあまり聞いていなかった。
「これは……機械……?」
「ええ。脚のある小さな兵器ですね。彼らはこれ程の技術力を有していたのか、或いはピエロが貸してくれるのか」
「……?」
 サラリと答えたグレイヤーは、ふとアーサーの左腕を見遣った。そこは制服の袖が破け、僅かに血が滲んでいた。
「おや、怪我をしているようですね。手当を致しましょうか?」
「いや、大したことありません」
「ふふ、身構える程でもないのに」
 何をされるか分かったもんじゃないと言いたげに、アーサーはマントで腕を隠した。
「ッ痛!」
 アーサーのマントの下から一匹の蝙蝠が飛び出した。それは吸い込まれるようにグレイヤーの剣に溶け込む。アーサーは眉を顰めたが、「この子は悪戯好きで」とグレイヤーは首を傾げてみせた。
 溜息をついたアーサーは本題を思い出す。
「そう言えば。あの人を見ませんでした?俺サクヤさんに頼まれて、ベルガモット隊長の元に行かなきゃならないんです!」
 その名を出した瞬間に、狐の仮面の下の様子が変わった気がした。
「ベルガモット……?」
「あの、聞いてません?」
「……どうも塔の目が使えなくなってから、その力に依存していた我々の新しい通信器は実質使い物にならなくなり、この場所からは何も情報は得られません。ですが、そうか……あれは……」
「生きていた。戻ってきたんです……。それで、」
「ではアーサー・アルフォード、ここをあなたに任せましょう」
「はい?」
 驚いて狐面を見るも、当たり前だがその面は変わらない。
「あなたの実力を買ってそう言っているのですよ。私は行くところがありますので。あなたの仕事も引き受けておきますよ、それでは」
「え???」
 ポンとアーサーの肩を叩くと、グレイヤーは本当に去っていってしまった。
「あの人言ってることが違うぞ……」
 それにしてもと正面に顔を戻すと、先程殲滅させた筈の敵がちらほらといるのが見て取れた。
「回復……?これはもしやキリがないんじゃないか?どうしたら……」
 その時、どこからか声がした。
 振り向くと、そこには一人の女性を先頭に、大勢の武装した者達がいた。白い美しい髪をたなびかせ、逆光に灰色の瞳を優しく曲げる。傷を僅かに負ってもなお美しいその姿は、まるで兵を率いた女神のようで。
「ここはお任せを。我々、テトロライアの騎士団に」



◆◇◆◇◆


 遠くで爆発音がする。淀んだ空が灰を濡らす荒野。そこに佇む、帽子を目深に被ったマントの男。
「塔の目。近況を教えてくれないか」
 男の背後には幼い少女がいた。赤と黒のガーディの制服に、赤いケープを羽織っている。レンズのついた杖を握り、彼女は目を閉じたまま答えた。
「リーダー、本部、未だ変わりありません」
「ふむ。空っぽの城を押さえていても何てこともないが、城に戻る兵がいないなら話は別だ」
「……」
 その時、塔の目の少女はハッとして男の顔を見る。
「結界が破られました」
 しかし男は動揺せず、セラ、と近くで作業をしていた少年を呼ぶ。
「修復に行ってくれないかなセラ。その続きは僕がやるよ。塔の目はこっちだ」
 黒髪の少年は塔の目の少女を見て少し間を開けたが、「勿論リーダー!」と元気よく駆けていった。塔の目の少女には別の指示を飛ばす。
 男は一人、荒地を少し歩き、先程の少年が作業していた続きに取り掛かる。大きな鉛の塊が地に埋まっており、歪な部品で何かを組み立てるようだ。
 しかし彼は、ふと顔を上げた。その顔を見ると感嘆を漏らす。
「ああ……ベルガモットじゃないか。酷い顔だね。帰って寝た方がいいと思うがね?」
 黒いシャツに黒いズボン。おおよそ教団員の格好ではない男は元隊長のクロウ・ベルガモットだった。
「お前も酷い顔だ」
 作業を中断し、マントの男……レイクレビンは、ベルガモットに向き直る。
「僕のことをリーダーだと思っているね?残念ながら、僕を殺しても彼らはリーダーを失わないよ。良識的なあなたなら、無駄な殺しはしない筈だね。僕から聞き出すことも幾つかあるだろう」
 薄ら笑う男は、まるで自分の命が他人より重いと言いたげだ。何とも横暴な考え方だが、ベルガモットは彼を見るだけだ。まるで無言で肯定しているかのようだった。
「あの人が姿を見せれば全ては終焉を迎え、新しい世界が来るのだ」
「宗教でもやっているのか」
「似たようなものだね」
 レイクレビンは自虐的に笑う。
「うんざりなのだよ。エクソシストも。メルデヴィナも。ならば全て破壊して、一から作って欲しいくらいだ」
「随分と気が合いますねえ。もしや私達、良い酒が交わせるのではないですか?」
「!」
 鼻につく特徴的な声がベルガモットの背後からした。レイクレビンもベルガモットも、第三者の登場に驚いていた。赤い女物の着物を羽織り、狐の面を被った酔狂な人物。彼こそはニルス・グレイヤー、東部四番隊隊長だった。グレイヤーはゆっくりと二人に近付いていく。
「結界とは……珍しい技術を使ったつもりなのでしょう。しかし、私の治める地では物珍しいものでもありません」
「まるで王のような口振りだ」
 レイクレビンは口角を上げ、マントの下で腰に手を当てた。
「けれど、解せませんね」
「どういうことかな……?」
 穏やかな笑顔のままのレイクレビンに、グレイヤーは静かに続ける。
「貴方の父のことは知っていますよ。あの人は優秀な人だったようだ。……こんな話を聞きました。ある村で起こった事件のこと。正義感の強い男と、魔女を見逃そうとしたエクソシストがトラブルを起こしたといいます。当のエクソシストは失踪してしまいましたので、証人は誰もいませんが」
「それで?僕が父の仇の為に、エクソシストを抹消しようと?」
 無言の狐面を見つめると、レイクレビンは吹き出した。ひとしきり笑った後、彼は乾いた声で続けた。
「関係無いね。父の仇なんて、一つも考えていないよ。第一、父が成し得なかったことの大半はしてきたつもりさ。僕はね、嘘なんて全くついていないんだよ。ただ、馬鹿馬鹿しいこの組織を作り直すには、最適な指導者が必要だと考えている。……それが僕。人間と悪魔の対立構図の中で最も地位の高いエクソシストという役職を社会的に抹消し、一から作り直すんだ。地位と名誉に縋り付く僕が君たちの目には滑稽に映っているかもしれないが、一体何が悪いというのだ。君達も似たようなものだろう」
「そうです。けれど貴方は解せない。貴方は己の怒りを隠してしまっているからです」
「何を意味の分からないことを……」
 レイクレビンは溜息をつく。
「地位が欲しいのなら、あなたも武器使いになれたはずだ。あなたの赤い部下達は、後天的な武器使いでしょう。……しかしならなかった。それは、あなたがエクソシストを憎んでいるからなのです」
 グレイヤーのその言葉に、レイクレビンの眉はピクリと動いた。
「本当にそう思うかね」
「ええ」
 閉塞的な環境を除き、技術革新は急速である。レイクレビンがその判断を下した時点で誰でも武器が扱えるようになっていたかどうかは分からなかったが、レイクレビンはその点には触れなかった。ただ、一瞬だけ真顔になると、目を大きく開いた。
「そうとも!魔女や悪魔は憎むべき存在だ。だから僕は、それら魑魅魍魎を祓うエクソシストのことを崇拝していた。――なのに実際はどうだ?腐敗しきった組織!憎むべき魔女を見逃すエクソシスト!正義を通した父は死んだ!……あまつさえ、人類を誑かす悪の権化である悪魔など、本当はいないじゃないか……」
 レイクレビンの声は震えていた。
「認めたくないよ。そんな小さなものに心を奪われ、人生を賭し、絶望させられたなんて」
 アラン・レイクレビン。彼は、誰よりも正義感のある男だった。そして頭が良かった。正義も悪も、何もかも、そう大衆が思い込むように仕向けられていただけだという事実。それを一番受け入れ難かったのは彼だ。ましてやその正義もどきのせいで父を亡くしたことも。
「だから認めるわけにはいかなかったんだよ。僕がエクソシストに私怨を抱いてるなんてそんなことはないよ。僕は己の地位の為、名誉の為、エクソシストを根絶する」
「先程よりいい顔をしていますよ!」
「黙れニルス・グレイヤー」
 レイクレビンは狐面を睨んだ。
「君こそそのふざけた仮面を脱いだらどうだ?人の本心を聞き出しておいて失礼な人だ。そんなに仮面の下が醜いか?それなら僕と話すよりそこの男と話すべきだろう?」
「今は私怨より立場を優先するべきです」
「ほう……」
 グレイヤーがゆっくりと抜刀する。するとレイクレビンの背後から小柄な少女が現れ、彼の前に立った。赤い制服の少女は、手に杖のような物を持っているがその手は震えている。グレイヤーの動きは止まった。
「塔の目」
「何故余裕があったのかと思っただろう?」
 健気な少女を盾にして、レイクレビンは満足気だ。静止したグレイヤーは、ゆっくりと切り出した。
「アラン・レイクレビン。あなたの父が成し得なかったことがある。――あなたは、教団員になったばかりの頃、わざわざあの村に赴きましたね」
「グレイヤー!」
 グレイヤーは止めようとしたベルガモットを右手を挙げて制す。レイクレビンは頷きもせず返す。
「そうだ」
「そして彼が捕らえ損ねた魔女を捕らえた」
 レイクレビンの目は遠く、赤を映し出していた。
「……そうだよ」
「魔女を抱き、赤く燃えるその炎。わざわざ子供達に見せ付けなくても良かったのではないですか?まだ、幼い兄妹でしたのに」
 その時、レイクレビンの前に立っていた少女が、固い顔でゆっくり振り向いた。
「どうしたんだい、塔の目……?」
 塔の目ことトーレはじりじりと後退る。
「お前、まさかあの」
 駆け出したトーレに手を伸ばすも、レイクレビンの手は宙を切る。
「待て!」
 そして追い討ちを掛けるようにグレイヤーの技が高らかに宣告される。
「啼けウァンパイア――針雪(ハリユキ)!」
 彼の黒い剣の先が溶けるように滲んだかと思えばそれは無数の蝙蝠となる。蝙蝠は白く姿を変え、突如無数の巨大な針となってレイクレビンの身に降り注いだ。彼は懐から件を取り出すも甲斐無し、成す術なくその身は裂かれ、鮮血が舞い、彼の四肢の自由は奪われる。
 氷の破片が辺りを彩る。慈悲か否か、急所を外してはいるものの彼は息絶え絶えだ。
「あとは、分かりますね。塔の目」
 無情なほど落ち着いた声。少し離れたところで目を背けていたトーレはビクリとして、グレイヤーの顔を見た。彼は静かに頷いた。
 懐に潜めた護身用の小さなナイフは、少女の手に収まるが、無抵抗の命一つ奪うには十分な刃渡り。
 無言を貫いていたトーレは、ゆっくりと喉を震わせる。
「放っておいても、あなたは、死んでしまうんだよね」
 無言の肯定と言うべきか、レイクレビンは頷きもしなかった。
「可哀想な子だ。僕のように、歪まず育って欲しいね」
「無理だよ……もう、あなたのせいで。めちゃくちゃ」
 震えるナイフを両手で握る。
「あなたは、覚えてる?」
「さあ、全く。生きるということは犠牲が、付き物だ。それを一々拾い上げていたら、まともに生きるなんて、できなく、なるだろう。そこの男みたいに、ね」
 レイクレビンは咳をして血反吐を吐いた。
「さあほら、さっさと刺せばいいのに。――殺せないだろうな。そんなことをできるようには、見えない、」
「……っ!」
 レイクレビンの腕から鮮血が吹き出した。

54話へ