28話「友」





 何度か列車を乗り換える。しかし今回のこの夜行列車は砂漠を大回りするルートを走る。近くに大きな都市も無いため、これは停車せず走ることができる。一晩走って、朝にエルドバと呼ばれる大きな街でまた乗り換えである。
 アンリは隣の客室での会話で知ったのだが、主要な線路が断絶しているらしい。魔女が暴れ回ったとかなんだとか。噂話なので真相は定かではないが。西方の魔女集団、いない間にどれほどのことをしたのだろうかと、薄い二段ベッドの下でアンリはぼんやりと考えていた。静かな車内だったが、突然のブレーキ音と大きな衝撃に、車内は一気に騒がしくなった。

「な、なんだ……?」
 起き上がった同室の客だったが、下にいたはずの彼の姿は無くなっていた。

【車掌室】

「ひっ、どうか命だけは……!」
 壁に背をつけ涙を流して懇願するのは、この列車を止めた車掌である。対峙するのは黒いフードに身を包んだ人物。細い骨のような腕は鋭利な刃物を持ち、車掌の首に押し当てている。
「そのまま列車を止めていろ。心配するな、もうじき応援が来る」
「応援ってこれ?」
「!!」
 突如現れた第三者の声に、思わず刃物を部屋の入口に向ける。そこには若い男が立っていた。彼の右手には、一般車両の方に先行させていた賊の仲間がすっかり伸びた状態で首根っこを掴まれていた。
「何しやがるてめえ!」
 斬りかかった賊の一撃を軽く躱し、そのまま鳩尾に拳を叩き込む。
「それはこっちのセリフです。ただでさえ遅れた予定を更に狂わせないでください」
 声にならない声を上げた盗賊の男。すぐさま刃物を振り回して反撃しようとするも、男はそれも避け、左に掴んだままだった彼の仲間を盾に動きを封じる。それを投げつけ、怯んだ盗賊の持つ刃物を取り上げる。盗賊の男は目を泳がせ余裕なさげに冷や汗をかいた。
「あ、あは。待ってくれよ、あーーあんなところに悪魔がーー!」
 格上の相手だと知ると、彼は脱兎のごとく逃げ出した。
 追い払うだけで追う必要は無いと、腰の抜けた車掌に手を差し出したアンリだったが、車掌は首を振った。
「デザートイーグル……ありゃ有名な盗賊だ、じき仲間が来る!」
「ああ、そうでした」
 そうして彼も車掌室を飛び出した。

 デザートイーグルとはこの砂漠に本拠地を持つ盗賊団の名だ。砂漠を越える周辺のキャラバンだけでなく、時折列車の貨物を狙って襲ってくることがあるらしい。

 先ほど車掌室で列車を止めた男は全速力で地を駆けながら、列車に貼り付いたままの仲間達に叫ぶ。
「変なやつが乗ってやがる!面倒だが今回は中止だ!」
 不服そうに屋根の上の仲間が声を上げて抗議する。
「逃げるのか弱虫め!こんないい物積んだ列車にはなかなか出会えないのに!」
「だったら勝手にやってろ!」
 そのまま夜の闇に消えた仲間を見ながら、作業に戻ろうとした彼の腕を、突然誰かに掴まれる。
「ひっ」
「仲間は何人だデザートイーグル」
「その格好……教団のもんか!?」
「答えろ」
 諦めたように笑った盗賊団の男は、さあなと白を切る。
「さっき一人減ったけど、元々何人いるか知りやしない。砂漠の怪物が俺らに力を貸してくれるからな!」
 動揺した教団員の男の隙を狙ってナイフを突き立てようとした盗賊だが、あっけなくカウンターに見舞われ叩きのめされる。
 伸びた盗賊を横目に、教団員の男は一気に騒がしくなった後方車両へと急いだ。中を通るより早いと思って、屋根の上を走って。

◆◇◆◇◆

 砂漠の怪物、地元の人間はそう呼んだが、何でもない、それは悪魔……ディアモイレイアのことである。

 後ろまで来る際、僅かながらに中にいた盗賊は片付けた。どうやら一番後ろに積んだ貨物に用があるだけのようで、アンリは鍵の掛かった貨物車両から離れて列車の屋根の上に上がった。後方車両に群がった悪魔を見据え、静かに右手を払う。相手が害をなす悪魔なら、心置きなくこれが使える。
「ティテラニヴァーチェ!」
 黒くて細身の剣が、彼の右手に現れる。エクソシストだとどよめき立った悪魔たちとの交戦が始まった。数は多いが大した強さではない。しかし容易に囲まれる。目の前の敵に苦戦していて、背後から迫る別の敵に気付かなかった。
「!」
 背中に爪の突き立つ直前、別の影が後ろから悪魔を切り捨てる。振り返ると、男が立っていた。新手かと、本能的に斬りかかると、男の刃とぶつかりあった。金が光った気がした。
「お前は!……っ!」
 しかし、すぐさま異変に気付き、手を緩めた。
「エク、ソシスト?」
 暗闇の中でも、その白と黒の制服は分かる。こんなところで単身で来るような教団員は、エクソシストしかいない。目深に帽子を被っていたエクソシストの男だったが、帽子を取り、驚いたように目を開く。
「お前……アンリか」
 聞き覚えのある声、懐かしい顔。
「?あ!アーサーさん――っと!」
 アーサーの背後から迫ってきていた悪魔を、彼の肩越しに切りつける。アーサーはハッとして背を向けて、帽子を被りなおして悪魔を片付け始めた。
「ああ、ああ、驚いた!こんな所で会うなんてな!悪いな、私服だったから分かんなかった!」
「僕の方が驚きましたよ、なんでこんな所に」
「まあな、色々あって。――そう言えばお前、背伸びたか」
「アーサーさんは変わりませんね、制服以外!」
 お互い悪魔を相手にしているのに、心は懐かしい友と出会えたことにあった。目の前に迫ってくる敵に対処している内に、トン、と背中合わせになる。
「こんなこと、あったな」
「そうですね。……後ろは任せます」
「ははっ!任せとけ!」
「八方羂索!」
 ティテラニヴァーチェの八方羂索で、一気に敵を片付ける。楽しそうに、アーサーも剣を構える。
「凍てつけコールブラント!」
 綺麗に敵だけを氷漬けにし、こちらも一気に片付けた。

 伸ばしたまま放置してきた盗賊や悪魔達を捕らえてロープで括りつけ、近くの都市エルドバに送還することになった。こうして盗賊を片付けた二人は、本部への簡易報告を行い仕事を終えた。

「お疲れさまです」
「ああ、お疲れ――おっと!」
 足を踏み外して屋根から落ちそうになったアンリの腕を掴んで引き止める。
「危なかった。これは借りになりますね」
「いんや、これでチャラだ」
 笑ったアーサーの顔を見て、思い出したようにアンリも笑う。
「そうでした」

 空が白み始めて、朝日がちらりと顔を出す。かなりの時間が経っていたことを知った。

◆◇◆◇◆

 盗賊達は、自分たちがエクソシストに捕まったのだと知ると、口々に「団が悪魔に乗っ取られたから助けて欲しい」などと言った。どうやら団が悪魔を引き込んで良いように利用してやろうと思ったそうなのだが、それが災いを呼んだらしい。

「本気でそんな言い訳が通じると?どのみちあなた達は留置所行きですよ」
「い、言い訳だなんて……」
 盗賊達を集めた車両の出入口に立ったアンリ。昨晩ほぼ寝る時間が無かったせいか寝不足で、大きなあくびをした。
 外で本部と連絡を取っていたアーサーが、アンリを呼ぶ。何だろうと降りるとアーサーが戸を閉め、前方車両の方に合図をする。状況を飲み込めないアンリを他所に、列車は動き始めた。
「あれっ、え?」
 これに乗って自分たちもエルドバに向かうとばかり思っていたアンリは、アーサーの顔と遠くなっていく扉とを交互に見たが、アーサーは手元の書類を見たままで、列車は無情にも追いつけないところまで行ってしまう。
「これ乗らないんですか?」
「あ、ああ」
 書類を手にしていたアーサーが、それを仕舞いながら言う。
「あいつらが言ってたろ、悪魔がなんやらって。それぶっ潰しに行くぞ」
「本気で言ってるんですか?」
「ああ、早く本部に帰りたいみたいだが、その前に一仕事……いや、二仕事だ。悪いな、付き合ってもらう」
 うーんとアンリが頭を押さえた。
「あー、えっと、足は?」
「試作品だし大きな距離には向かないが、この黒い瓶がある。エルドバまでくらいなら使える」
 小さな瓶を取り出す。アンリに一つ寄越し、「絶対に落とすなよ」と念を押した。
「他に質問は?」
 アンリは右手を出す。
「僕の荷物は」
「ここに」
 言い終わらないうちに、アーサーの右横に置いていた鞄をアンリに押し付ける。
「言うと思ってな。あ、異論は受け付けないぞ。なぜならこれはさっき本部から承った任務だし、それに俺は――」
 アーサーは気持ち悪い含み笑いを浮かべながら、右腕を出し灰色のマントをたくしあげた。現れたのは、赤い腕章。アスタリスクが見える。
「お前の上司でもあるからな」
 きょとんとしたアンリ。暫くして、不安げな顔で思ったことを口にする。
「アーサーさんもどこかに飛ばされたんですか……?例えば……南部に?あ、だからこんな所に――」
「ちげーよ!」
 アーサーは鼻息を荒くする。
「色々あって今は俺が副隊長なの!あー……細かいこと気になると思うが、まあ後にしてくれよ。この仕事片付けてエルドバでゆっくり聞かせてやるからさ」
 よーし行くぞーとアーサーは歩を進める。アンリはため息をついて、鞄を担いで後を追った。

「少し距離があるからな、荷物重たく感じるならお兄さんが持つぞ」
「大したことないです。もう、年上風吹かせないでください」
「うっうるせえちび!」
「なっ……さっきは背伸びたって言ってたじゃないですか!」
「それはそれ!これはこれ!どうしよう……アンリくんが不良になって帰ってきた……」
「もう黙っていよう……」

 荒野から砂漠に差し掛かったところで、目を一瞬離した隙に突然アーサーの姿が消えた。
「?、アーサーさん?」
 きょろきょろと辺りを見回すも、乾いた草の生える荒野が広がるばかりで変化こそない。いや、足元、いつの間にか崩れていた。
 縁に膝を付き見下ろすと、どうやら何かの遺跡のようなものが下にはあるようだ。運良くクッションとなった砂の上でアーサーが伸びていた。天井となっていた部分が脆くなっており崩れたのかもしれない。
「大丈夫ですかアーサーさーん」
 やたらと響く声、アーサーは平気なようで、「おう」とアンリに手を振り返した。
「全然平気!かっこ悪いとこ見せちまったな!」
「まあ無事ならいいですけど……」

 アーサーいわく、ここは目的地であった遺跡らしい。盗賊団が砦としてその遺跡の一部を使用しているのだが、このルートで内部から侵入できるというわけで、ちょうど良かったなどと言った。
 ここはただ荒野となり人が住めないだけで、暗黒地帯ではない。機器はちゃんと機能する。何かあれば連絡、アーサーは裏から、アンリは正面からぶつかると言ったアーサーのざっくりした作戦を渋々了承し、二人は別れた。

「まあ、この地形では隠れられる所は無いし、人は少ないと言えど入口全部に警備くらいいるでしょう……結局この作戦しか無かったか」
 ぶつぶつと独り言を言い、辺りを再度見渡す。ここから少し離れたあたりに、ぽつぽつと石でできた蟻塚のようなものが幾つか見える。どのみち、先ほどの騒ぎや自分たちのことは勘付かれているのだろう。
 一つ目星を付けて、歩き出す。しかし――
「!」
 突然、視界が空と砂になった。足元が崩れ落ちたのだ。強い衝撃を背中が受け止める。
「いっ――ん、んん…………」
 自分の当たりどころが悪いのかアーサーが良かったのか、分からないが、よくもこんな高いところから落ちて平気だったものだとアンリは素直に感心した。
 ここもやはり、遺跡の中。しかし、アーサーが落ちた場所とは壁の隔たりがあり、簡単には合流できなさそうだ。
 酷く痛みを訴える腰を押え、仰向けで砂の上に横たわる。先ほど自分が落ちてきた穴から漏れる光が、暗い遺跡を照らす。キラキラと、太陽が舞う砂を反射させる。どこからか聞こえるエスニックな曲。
「なんだか……」
 眠くなってきたな、と、言い終わらない内に彼の意識は遠のいていった。

◆◇◆◇◆

 元盗賊団の団長が、自室に使っていた場所。金銀財宝……とはさすがにいかないが、この辺りの街から街を行き来するキャラバンの載せた周辺の高価な織物などの特産品や、列車から強奪した宝石などが乱雑に積まれている。その中心、高そうな椅子にふんぞり返って座るのは、黒い衣装に身を包んだ幼さの目立つ女の子。白い髪を高い位置でサイドに結い上げ、これまた黒い装飾品を着けている。眠そうな瞳は金色。まるで悪魔と呼ばれる種族である。
 彼女はため息をついて、両脇に侍らせていた一型悪魔を手で払う。
 丁度、その部屋に別の仲間が入ってきた。男の姿をしている。悪魔ではない、人間のようだ。黒いフードを被った中年の男である。彼は、幼女の悪魔に近付き報告をした。

「シエ様ぁ、ネズミが二匹入り込んだようですが?」
 シエと呼ばれた悪魔は、ひらひらと手を振った。
「知っている。構わないわ」
 だって、と悪戯を思いついた子供のような残酷な表情で、金の瞳を弓なりに曲げた。
「だって、ネズミは砂漠のサソリには敵わない」
 彼女の行動を制限していた抑止力は、人間によって取り払われた。力を持て余しなにか刺激を求めていた彼女は、こうして人間の盗賊団に取り入り乗っ取ったのだが、彼女は暇で仕方なかった。でもこれはチャンスかもしれないと彼女は微笑んだ。
「シエ様の、デザートイーグル改めてサハラアルアクラブ!の、門出を祝う宴の余興にでもしてやるわ。ところで、どうサマジャ?この名前は!」
「そのまん――おっと、素晴らしいネーミングセンスですねぇいへへ」
「えへへ、えへ、もっと褒めてもいいのよ!」
 幼げな少女、この時ばかりは見た目に相応な言動だった。傍らの男が露骨に胡麻を摺る。
「シエ様はいつもお美しくて、おまけに頭も良い」
 へらへらとした男に対し、少女は上機嫌で顔も緩みっぱなしだ。
「えへへ、当たり前じゃない!」
「私みたいなやつが側近とは恐れ多いくらいで」
「何言ってるのサマジャ」
 シエは男の顔を見た。フードでよく顔は見えないが。
「触れられないのが惜しいわ、あたし、こんなにサマジャのこと大好きなのに」
「あはは、またまたそんなご冗談を」
 あくまで本気なシエの言葉だったが、サマジャと呼ばれた男はサラリと受け流すと、ああ、と思い出したように続けた。
「ネズミはどうするんですかい?」
 ふいと顔を背け、シエは立ち上がる。
「シエ様どこへ」
「ネズミでしょ、先に片付けてきてやるのよ。子守唄に一匹引っかかってるし。大事なのはその後!」
 ツインテールを跳ねさせ走っていったシエの背中が見えなくなるまで後ろ姿を見ていた男。
「全く、ガキんちょだなあ」
 にやつきながらそう呟いて、部屋にあった宝石を一つ懐に入れた。







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