3話「教団のエクソシスト」





《武器使用認可放送。第三番隊、レイ・パレイヴァ・ミラ中級エクソシストの本部での魔魂武器の使用を許可する。繰り返す。レイ・パレイヴァ・ミラ中級エクソシストの武器の使用を許可する》

 けたたましく鳴るサイレン。司令塔から発された無機質な放送。多くの人間が見守るモニターには、逃げる一人の人間が映し出されている。金髪で、華奢な女の子のようにも見える。
 不意にそのモニターの一つがふわふわした白い物に覆われる。そのあとに赤い二つの光が映る。白いふわふわの毛に大きな赤い瞳。天使のような印象を持つ、小さな子供のようだ。画面を見つめてきゅっと口の端を持ち上げる。
「聴こえていますかロイド。あんなの、ボクのヴィクトリアーラに掛かれば一瞬なのですよ!」
「ミラ。真面目にやらんか……って聴こえてるわけないか」
 ロイドと呼ばれた、三十代前半くらいのオールバックの男性が頭を抱える。白と黒を基調とした教団の制服、肩や胸の徽章から、上級官であると分かる。傍にいた彼の部下たちは、頼りがいがあるじゃないですかと笑う。
 ミラ、レイ・パレイヴァ・ミラはそれだけ言って満足そうに笑うと、足を引きずり転げるようにカメラのあった窓際から落ちる。初めて見た者はぎょっとするだろうが、司令室には驚く者はいない。手に持った大きな槌を下にしてずしんと、大きな音と地響きと共に器用に降り立つ。……どうやら足が不自由なのか、膝立ちのまま大槌を構える。かなり大きい何かの結晶のようだが、一体どこにそんな力があるのか、細い腕で軽々と持ち上げる。
「さあ」
 レイはニヤリと笑う。

「どこに逃げても無駄なのですよ」

             ◆◇◆◇◆

 ばたんと勢いよく司令室の扉が開き、若い教団員の二人が息を切らして駆け込んできた。
「やっと来たのかお前たち」
 モニターから顔を離し、二人に歩み寄るロイドにアルモニカが肩で息をしながら答える。
「ステンスレイ上級官……あのっ……」
「お前たちは知らないだろうが、つい先日レイズに本部が襲撃された。だから今、ここはいつも以上に警備が厳しい」
「!」
 レイズ。それはある魔女結社の名前だ。悪魔に加担し人間を裏切った人間。それが魔女。教団の人間としての敵である。レイズはバラバラに存在する魔女の中で最も大きい組織で、かつて度々教団支部を攻撃しているゲリラ組織である。
 レイズに本部が攻撃を受けた。支部では何度かあったが本部がなどかつてそんなことはなかった。教団が初めてのレイズの行動を警戒しているのも当然だろう。敷地内に入った時感じたピリピリした空気はこの為だろうか。
「まず状況説明をしてもらおうか。さっきアバウトには聞いたが、できるだけ詳しくだ」
 未だ息を切らしたアルモニカの隣で、既に息を整えたアーサーが答える。
「はい。では、できるだけ詳しくお話しします」

             ◆◇◆◇◆

 ヴァルニアの駅を出て、そこから教団本部までは手配していた馬車で行く。歩いたとしても大した距離でもないが、使える物は使った方がいい。教団の徽章があれば後で経費で落とせるのだから。たまにこれを使わない者もいるが、余程教団に自分の行動を知られたくないからだろう。
 本部に近付くと、何故かは分からないが、いつもより空気が緊張しているのが分かった。警備が固く、普段ならしない検問が設置されているようで、その列が少し続いていた。
 そんな時である。武器使いの少年が目を覚ましたのは。
「はっ!?」
「お、目が覚めたか」
 状況が分からないと言った様子で、周りを見渡す少年。そしてふうと息を吐いて一度目を閉じる。どうやらここが馬車の中で、自分が捕まっているという事態は飲み込めたようだ。主に縛られた手首から。
「びっくりして暴れないかなって思って縛ったんだけど……結構落ち着いているのね?」
「まあ。慣れてますから。それより、僕には捕まる理由が分からないんですが。昨夜の記憶がどうやら曖昧で」
 教団のエクソシストですよね?ならどうして?と少年が呟く。……この時、彼は口に出さなかったが、二人のことを信用してなかった。それも身に覚えが無いのに捕まっているので、疑うのも当たり前であるが。
「私のせいだ……絶対あの時後頭部強打してたんだわ……」
 ぼそりと呟き目を逸らすアルモニカをよそに、少年、アンリは場の空気に似合わない気の抜けた声を上げる。
「それはそうとお腹空きました……」
「えっ」
「そう言えばずっと寝てたもんね、パンあるわよ」
 予想外の台詞に拍子抜けしたアーサーの隣で、平然と鞄からバゲットを取り出すアルモニカ。はい、と何を思ったのか手が不自由なままの少年の口に突っ込む。ふぁふふぁふ言いながらもごもごとする少年。どう考えても食べられる筈がない。パンも固いのだから。
「アルお前これじゃあ苦しいじゃねえか馬鹿か。契ってやるか手を自由にさせてやらないと」
「そしたら逃げちゃうでしょ、これでも武器使いなんだからね!あと一言多いわね馬鹿」
「そうだな武器使い……。あれっ、そう言えばこいつ武器何処に持ってるんだ?」
 二人がわちゃわちゃ言い争いを始めた頃、突然扉が開き検問官が顔を出す。その時だった。核心を突いた呟きにはっとする間もなく、大人しく座っていた少年が体をバネのように曲げて検問官の隣を飛び出した。伸ばした手も巧妙にすり抜けて駆けていく。縛られた手首の間の袖口から突然黒い液体状の物が飛び出す。そして次の瞬間には縄は切られていた。
「逃げっ……すげえ!あいつ走りながらパン食ってる!いやそんなことじゃなくて!!」
 焦って混乱したアーサーが余計なことを口走る横で、エクソシストではない武器使いが本部に侵入したと検問官が慌てて伝える。緊張が走る現場。鳴り始めたサイレン。以前レイズが攻撃してきて間もない。直ぐに、待機していた三番隊のレイ・パレイヴァ・ミラが投入された。

……

「つまりお前らがパンの話をして油断しているうちに逃げられたと」
 はあ。と頭を抱えるステンスレイ。二人は下を向いている。
「任務を完遂できなかった上に災厄を運んできてごめんなさい……」
「まあ気にするなフリィベル。ローセッタ・ノースの件は、途中で反応が移動したから無理だとは判っていた。それに災厄とお前は言うが、確かに魔女の線は消えないが、話を聞く限りそもそもそいつはここに来るのが目的ではないだろう?」
 冷静なステンスレイの推測。ただの武器使いであれば、仲間になるのかもしれないのだ。
「まだ分からないが……そうだな。今頃ミラの手厚い歓迎を受けているだろう」

             ◆◇◆◇◆

 アンリは天使のような見た目をした子供と対峙していた。正直な所、何故自分が追われているのか全く理解できていなかったが。曖昧な記憶の部分によるものだと勝手に決めつけておく。パンを先程貰ったので、体力は多少不安ではあるが回復した。
 白い子供はふふふと笑い、間合いを保ったまま声をあげる。
「結構足が速いのですね。見つけるのに苦労したのですよ!追いかけるのも大変なのですよ!」
 大きな結晶を思わせる槌に座り宙に浮いている子供。あまりに白く細すぎる足は、移動する度にふらふらと揺れる。
 宙に浮く子供だなんて、めんどくさそうな相手に見つかった。逃げようと背を向けた瞬間、相手はくるりと槌を回し、地面に降りつつ叫ぶ。
「逃がさないのです。――我が前にひれ伏せ!グラヴィディア!」
 高く振り上げた大槌を振り下ろす。急にアンリに上から凄い力がかかった。何かに押さえ付けられているような感覚。体が重く、動かない。立ち上がることすらままならない。
「グラヴィディアは、ボクのヴィクトリアーラの最も大きな技。重量を操るのです。動けないのです!」
 そう高らかに言った子供は、何を思ったのか大槌を振り上げた勢いで自らの背中に打ち付ける。どうしたというのか。アンリは目を丸くする。打ち付けた瞬間、結晶が平たく放射状に広がり、大きな二つの羽となったのだ。下ろした槌は最早槌ではなく、大きな鎌となっていた。きらきらと太陽の光を反射する羽。真っ白な髪。その姿はまるで有翼の女神。
 体が重い。立ち上がろうとするも上手く上がらず、膝を立てた状態から少しずつしか動けない。しかしそれも、彼女、彼のグラヴィディア!という声でさらに困難となった。
「二回も攻撃が必要だなんて大したものなのです」
 その時通信機が音を立てる。
《ミラ。敵の武器は可変型。いくらお前の実力があると言えど相手は未知数。気を付けろ》
「可変型……?ならボクと同じで危険ではないですか。でもボクのグラヴィディアの前ではそんなの些細なこと!」
 全く聞いていない様子で子供、レイは鎌を構える。
 逃げなければ。槌を鎌に変えたのは、確実に攻撃を仕掛ける為だろう。確かに移動も速そうだが。アンリは体に力を入れる。どうやら力が掛かっているのは全身均等ではないらしく、ムラがあるようだ。……このまま踏ん張るとそう。左腕が折れるとは思った。それは分かった。はっとしてレイが叫ぶ。
「何をしているのです……?動くと腕が折れてしまうのです!」
 分かっている。痛いだろう。でも恐怖は感じない。ここで死んでは意味が無い。  
 ボキッ
 嫌な鈍い音と共に、アンリは強い上からの力から抜け出した。そしてそのまま走る。その代償として、左腕は妙な方向に曲がったが。
 呆気に取られたレイは、少しの間ぼーっと立ち止まっていたが、直ぐに我に帰って逃げる少年を追う。
「本当に逃がさないのです!」
 凄い勢いで飛び、そのまま鎌を振り下ろす。しかしすんでの所でアンリの黒い剣、ティテラニヴァーチェが受け止める。ギリギリと競り合った後、一度離れる。腕が折れて捨て身になったのか、彼は片腕のまま懐に飛び込んできた。対するレイも慣れているもので、素早く後ろに飛び退く。しかしである。
「?!いつの間に!」
 伸ばされた右腕。レイの肩口を貫くのは黒い棒状の何か。アンリの腕から伸びるティテラニヴァーチェだった。痛みを感じる前に、鎌を薙ぐ。
「可変型……!これがそうなのですね……!」
 確実に相手には当てた。少年の腹部に咲いた赤をこの目で見た。しかし確証がない。
 人には痛覚がある。それは体を死の危険に晒さないための警報であり、多少なりとも動きを鈍らせる。先程腕を折ったアンリは、腹部に血を滲ませながらもなお止まることをしなかった。レイにはその神経が信じられなかった。
 滅多に怪我を負うことのないレイは、立ち去るアンリを目では追ってはいたが、慣れてないのか痛みで動くことができなかった。これが普通だろう。
《ミラ、ミラ、大丈夫か》
 ガサガサとノイズの交ざる通信機が音を立てる。レイがロイドと呼び捨てにする、ステンスレイ上級官の声だ。
「ロイド、ボクは慢心により負けてしまったのです。相手が動けてなぜボクは動けないのです……」
《もうじき救護班が来る。予想外の相手の攻撃だったが、その札は判ったから参考にできる。先程全三番隊に武器の使用許可が降りた。エルフォードがすぐに来る》
「……一般隊は使わないのですか?」
《武器使いにはエクソシスト隊を使うのが好ましいとされている。それよりもう喋るなレイ。出血が酷くなるぞ》
「分かったのです。あいつに任せるのです」
 白い制服を赤に染めつつ、レイは通信を切った。

             ◆◇◆◇◆

 右手で傷口を押さえながらも、とりあえず隠れる場所を探す。アンリの意識は出血と痛みで少し朦朧としていた。他人と比べて痛みが薄いとかそんなことはない。ただ、彼は自分の体を大切にしないだけなのだ。
 広い教団の前庭。正門は固く閉じられ出られそうにない。どうしようかと思った時、突然聞き覚えのある声が降ってきた。
「よお。もう満身創痍じゃねえか」
 見上げると、左目に眼帯をした青年がいた。ばさりと制服をはためかせて三階から飛び降りる。ついさっき馬車の中にいたアーサーだ。彼の左手には大きな剣。あんな高さから飛び降りては足に負担がかかるだろうが、何故か平気そうである。
「僕には、ここを襲う理由が無い。追われる理由も逃げる理由も無い。でも、僕にはやることがあるんです。捕まってる場合じゃない」
 かつての恩師、先生に託されたもの。それを届けるまで、約束を果たすことがアンリにとって最優先事項なのだ。昔の記憶の無い彼には、今それしかないのだ。
「んなこと言ってもなあ。こっちも仕事なんだ」
 そう言ってアーサーはやたら重そうな大剣を構える。
「凍てつけ、コールブラント!」
 轟音がしたかと思えば、彼の足元から凍り始め、前庭は一瞬にして氷の世界となった。パキパキと音を立てて進む氷は、呆気に取られたアンリの腰あたりまで凍らせ、アンリは身動きが取れなくなってしまった。

「アーサー、帰って来ていたのですね」
 担架に載せられたレイが、凍った前庭を眺めて呟く。


 冷たい。さっと血の気が引くのを感じた。腹から流れる血はやはり止まることなく、それも相まって完全に血が足りない。
―僕は、僕は、死ぬんでしょうか。先生との、約束も果たせずに、過去も思い出せずに。
 景色が揺らぐ。そして視界は暗転した。





アンリ、ここから俺とお前は別だ。俺はここからお前を連れて行くことはできない。
教えたことは守れるな?ちゃんと一人でも生きられるな?

あと、これを教団まで届けて欲しい。
俺からの願いは、それと、お前が自由に生きることだ。
過去にも縛られず、俺にも縛られず、お前の意思で歩むんだ。

じゃあなアンリ。なに、またいつか会えるさ。生きていたらな。







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