24話「二人の話」





【王都メインライア】

 黄昏時。ユリーカから遠く離れたテトロライア王国の王都の城下町。
 メインストリートから少し外れた所に、小さな専門店が所狭しと立ち並ぶ通りがある。その中の一つ。[時計屋]と書かれたプレートのかかった小さな古ぼけた煉瓦の店に、一組の男女が入っていった。カランカランとベルが鳴る。
 中はやはり、見た目通り小さかった。入口からほんの数メートルの位置にカウンターがあり、店主と思われる帽子の男が座って、時計の修理をしていた。店主の背後や壁一面には、振り子時計や鳩時計、からくり時計や砂時計、様々な種類の時計がびっしりと棚に置かれ、また壁に掛けられている。
 女の方が「すみませーん」と声を掛けると、店主は手を止め、顔を上げて「やあいらっしゃい」と口元を緩めた。まさに紳士、と言ったような佇まいである。
「ねえ、時計を直して!」
 カウンターにコトンと懐中時計を置く女。後ろから高身長の(女が小さいのもあるかもしれないが)男が顔を出して笑う。
「ずっと持ってた時計なんだけどね。止まっちゃったみたいで。……ケイトがここで買ったって言うんだ」
 時計を手に取り、くるりと全体を見た店主は言った。
「ああ、確かに。これは私が作った時計だね」
 ルーペを合わせて時計を見、そしてケイトの顔を目だけで見上げ、僅かに微笑んだ。
「もちろん。綺麗に直してあげましょう。神の御娘よ」
 ケイトはにぱっと花が咲くような笑顔になった。
「ありがとう!やったねルート!」
「よかったねケイト」
 手を取ってくるりと回る。「そう言えば」とルートが思い出したように立ち止まる。
「そう言えばケイト、君いつここに来たの?」
「うぅん……あんまり覚えてないんだけど、リンさんに教えてもらったの。壊れちゃったって言ったら、ここで買ったんじゃないか、そこでなら直してもらえるーって。その紋章は独特だからすぐ分かるんだって。ベルさんも持ってたからなんとなく覚えてたみたいだよ!」
「ベルさん?」
 突然顔を上げ、会話に割って入った店主。少し驚いた様子の二人に対し、彼は誤魔化すように笑い、慌ててルーペを上げる。
「人の話を聞くのが好きで、つい、ね。いや、気にしないでほしいな」
 ケイトは店主の言葉など全く気にしない様子であった。
「ああ、えっとね、教団の隊長さんなの!クロウ・ベルむむっ――ムッ!」
 話の途中であったが、ルートが後ろからケイトの口を塞ぐ。じたばたし、離してもらうとルートに向き直り、むっと眉を寄せる。
「何するのルート!」
 ルートは少し屈み、耳元へ寄せ小声でケイトに言う。
「話しすぎだよケイト。リンさんの仕事の邪魔しちゃだめだよ。それに、営業妨害だってあの人お金取るよ」
「ひゃあ!それは大変!」
 慌てて自分の口を塞ぐケイト。「忘れた方が宜しいのかな」と苦笑いの店主に、ルートは「大した影響は無いでしょうが、一応」と言って金貨をカウンターに置くと、ケイトを連れて店を出ていった。

 カランカランと鳴ったベルの余韻もやがて消え、再び店の中には時計の音だけが響き始める。店主はふふふと不気味な笑声を漏らしながら、再び時計を直し始めた。
「やっと見つけた」
 俯き、深く被った帽子で表情は定かではないが、確かにそう言った。
 カチカチと時を刻むリズムはバラバラで、また部屋の時計は全て違う時間を指していた。もちろん、彼の首から下げた大きな時計もである。

             ◆◇◆◇◆

 ここからは少し、本部の話になる。

【王都メインライア】

 西の大陸に位置するテトロライア王国。大きな国ではあるが、この国土のほとんどは暗黒地帯、黒く木の生い茂る森となっており、国力自体は小さい。とは言ってもそれは最近のことである。と言うのも、技術が進歩する以前は暗黒地帯によって影響を受ける要素――つまり、電気や機械を使用したものが無かった為他の国と変わらず、寧ろ広大な土地、資源、歴史を持った進んだ大国であった。歴代国王からの性格上国交は閉鎖的で独特な体制を持つ。例えば、その国の持つ王立騎士団などである。彼らの存在もあってか、教団の本部が身近にありながらその仲はあまりよろしくない。理由としては、テトロライアの教団が悪魔の台頭が進むに合わせて力を持ち、宗教の括りや国から完全に独立すると宣言し、メルデヴィナ教団となった経緯からである。その際王国と戦争を起こして更に仲は険悪となった。今や一つの小国家とも言える程の勢力を持つメルデヴィナ教団。周囲の国も、正義を語る彼らには一応協力的ではあるが、テトロライアは長年教団にそっぽを向いてきた。
 そんな国が、最近動きを変えてきたという。

 テトロライア王室は、公務としても私的な用でも何度かパーティを開いているが、その中でも第二王女、フローレンス・ヴィナ・テトロライアの生誕を祝うパーティをこれまで毎年開いてきた。隣国の仲の良い国の王室やテトロライアの貴族などに招待状が渡り、招かれるパーティ。不仲であったメルデヴィナ教団が呼ばれるはずもないのだが、今年は違っていた。教団の上層部は慌て、団長は軽快に笑ったが、今回本部にいた三番隊とその他一般隊がその警備に付くことになった。

「なーんか……」
 タキシードを着て着飾った青年が、退屈そうに背を伸ばした。
「俺にはこんなの似合わねえんだよなあ」
 会場の外、開け放たれた扉から出てすぐ左に出た辺り。庭の大きな噴水が見える階段に腰を下ろした青年――アーサー・エルフォードが呟く。隣にやってきた、これまた綺麗にドレスアップしたアルモニカが口を開く。いつもポニーテールにしていた長い髪は下ろしてゆるく巻かれ、前髪の分け目が少し変わっていた。
「前髪上げると柄悪いわね。……まあいいじゃない似合ってるわよ」
「馬子にも衣装ってか」
「あんた馬子じゃないじゃない。それを言うなら私でしょ?」
 そう言って悪戯っぽく微笑み、アーサーの前で回って、スカートの端を持ちあげて広げてみせた。アーサーは若干恥ずかしそうに目を逸らして答える。
「あー……綺麗だと、思う」
「うける」
「はっ!?」
 アルモニカは溜息をつく。
「でも同感ね。居心地はあまり良くないわ。あんたも……そういえばなんで眼帯してないの」
 あーこれ?とアーサーが昼のできごとを思い出しながら返す。
「服とか用意して準備してくれたやつがいたろ。あいつがやめろって言ったんだ、恥ずべきことじゃないとよ。お陰で見世物みたいな気分だ」
「上流階級は学識があるから、金の目がどんな意味を持つのか知ってるのね。あとは変な趣味とか」
 落ち込んだ様子のアーサーに、アルモニカは腕を掴んで強引に立たせた。
「副隊長が、楽しめって言ったから私達こうして参加してるんでしょ。ねえ、向こうにすごく高そうな料理とかもあったよ!」
「いや、一人で行けよ」
「嫌よ!」
「なんで!」
 その直後、アーサーは何かを感じ取り、はっと屋根の上を見上げた。夜空に浮かぶ月、それの他に、暇を持て余している彼には好都合なものを確認した。疑問符を浮かべて後ろを振り返ったアルモニカにアーサーはそう言いにやりと笑った。
「まあ、どうせすぐには行けないな」

             ◆◇◆◇◆

「おや?二人も来ちゃったのですか?」
 協力して屋根の上になんとか登ると、既にレイが羽を展開した臨戦態勢で下を見張っていた。
「ああ。……相手はどれくらいだ?」
「二つ。いやあ二人が来たなら安心なのですよ!どうやって同時に殺ろうかと考えていたのです」
 楽しそうに恐ろしいことを口走るレイ。そして、「あ」と感嘆詞が漏れたのでそちらを二人が振り向くと、屋根の上に這い上がってきた一人の二型悪魔の姿があった。大きな角を持った女の姿。ぴりりと緊張が走ったが、その悪魔の口から出たのはなんとも拍子抜けする言葉だった。
「遅えじゃねえか!待ちくたびれたぜ。早く俺の相手をしろ!」
 生温い笑顔で二人と悪魔を見たレイが、「ではそのバカをよろしくなのですよ」と言い反対方向に降りていく。「おい待て!」と叫んだ悪魔にアーサーは分かりやすく挑発をする。
「お前はこっちだ!来い、もっと戦いやすい所に行くぞ!」
 そう言い屋根から飛び降り駆けていく。悪魔もまた、「それならいいぜ!」と彼を追った。
 屋根から見下ろしたアルモニカは一度溜息をついてから、「雅京。いつもの」と言い、黒いヒールの踵を打ち鳴らす。その直後、青い光が火花のように散り、シュルシュルと黒の帯が伸びるように脚を這い、やがて普段のロングブーツに変わった。
「やっぱり、これが私に合ってる!」
 そう楽しそうに呟くと、彼女も屋根から飛び降りていった。

 アーサーが距離を取ったのは、会場を巻き込まない為だった。もちろん、騒ぎが伝わるのも避けたい。幸いこの悪魔は好戦的で、会場の近くでは彼らが戦おうとしないことを知っている。全くに酔狂な悪魔だとアーサーは思った。
 雑木林の中、走るアーサーの背に呼びかけるのは先ほどの悪魔。
「なあ!そろそろ相手してくれてもいいんじゃねえのッ!」
 スピードを上げて、アーサーの背に蹴りかかる。反射的に受身を取るが、予想以上に強い蹴りに怯んだ。
 揺らいだ視界の中悪魔を改めて確認する。すらりとした四肢、女の姿をしている。というのも、その長いツートーンの髪とグラマーな体型からである。闇の中でも輝く金の瞳、頭の両サイドから生えた大きな角。紛れもない悪魔。……二人は知る由もないが、名はシンシン、西方悪魔集団幹部クラスの上級二型悪魔である。
「というかお前、丸腰か?武器はどうしたんだよ武器は!」
 悪魔の挑発に、アーサーは鼻血を拭い軽く笑った。左手を右側の腰に持っていき、右手を添える。
「武器ならここに」
 そう言い引き抜くと、手にはなんと銀に輝く剣が。どうやら、大剣という程大きな剣ではなく、そこそこの刀身の剣。驚いた様子だった相手も、段々とその表情を変えていく。
「そう、来なくっちゃなあ!」
 重心を低くして、地を力強く蹴っていく様はまるで獅子のよう。木々の間をすごい速さで駆け抜けていき、あっという間にアーサーの所まで。仕込んであったであろうチャクラを構え、アーサーへと飛びかかる。刃と刃がせめぎ合い、火花を散らした。悪魔はとても楽しそうに、爛々とした金を更に輝かせる。
「片手と両手じゃ訳が違うぜ!」
 留守にしていた左手には、もう一つのチャクラが。それを振りかざそうとした時、真横から悪魔に衝撃が走る。体勢を崩し、彼女が見たのはもう一人の人間の姿だった。足元から青白い光と閃光が走る。悪魔……シンシンはぴりりとした空気を感じ取り、一度距離を取る。
「一人と二人じゃ、訳が違うぜ」
「強そうな悪魔ね……殺しがいがありそう」
「人間にしてはぶっ飛んでるな?ああまとめてやりたいところだが、さすがに二対一は少し分が悪い……エヴィルナーラタはまだ来ねえしよ」
 このまま逃げるのかとアルモニカが構えたのを制止して、アーサーが彼女の方を見ずに言う。彼女もまた悪魔を見つめたまま返す。
「あれやるぞ、いいか」
「もちろんよ」
 アーサーは、楽しそうに口元を歪ませた。そして、一歩踏み出し、未だ顎に手をやり考えている悪魔に向き直る。
「おい、もう少し付き合えよ」
 シンシンはハア?!と青筋を浮かせた。
「あーもう!うるせえな!もうお前らまとめてぶっ殺してやる!」
 同時に走り出し、得物を振りかぶる。ガキンと大きな音を立て火花が散る。…………否、これは氷の破片だ。アーサーがにやりと笑う。ピキピキという音とチャクラに延びる白い筋のようなものを確認したシンシンは、慌てて身を引く。すると、何故か足を滑らせてしまい、膝をつく。手を地に付けるとひんやりと冷たく、つるつるとした氷の表面だった。
「な、なんだあ!?」
 あれは周囲が凍りつく音だったのだ。見上げ、見回すと辺りが氷に覆われ、木々からは厚い霜が降りている。
「アルモニカ!」
「分かってるわよ!」
 アルモニカが駆けてくる。彼女の武器は僅かな振動を生み出し、氷の表面を削りながら進むいわばスパイクのようなものだ。地面が氷だろうが関係ない。シンシンが顔を青くする。
「まずい」
「はあっ!」
 彼女の蹴りを、シンシンが受け身をとって防御するもやはり不慣れな氷の上。簡単に体勢が崩れる。追い打ちをかけるように氷の上を、アーサーが滑り剣を薙ぐ。
「くっ……!」
 驚異的な身体能力で避けるも、シンシンは頬に傷を負う。さらなる追撃、体をよじって避けるも、今度は髪を切られた。険しい顔で懐を探る。
「くそ、去るぞ!エヴィルナーラタ!」
 声を張り上げて相棒の名を呼ぶが、彼女の相棒、エヴィルナーラタは姿を現さない。不安になり、もう一度叫ぶが、黒い木々の向こう側から姿を現したのは別の人物だった。
「デビルがなんですか……?」
 ゆらりと現れたのは、真っ白な天使のような子供のレイ。手には黒い何かを持っている。
「この戦場の女神に敵うと思うなど、おこがましいのです!」
「あ……?お前、あのちびじゃないな?ちびだけど」
「失礼な!」
 激昂したレイが手に持っていた物を投げつける。それを拾い上げたシンシンの顔が真っ青になる。
「てめえ、まさか」
「それ以上の言及は無用なのです。お前もすぐに楽にしてあげるのです!」
 羽を広げ、滑空して接近する。そして構えた鎌を薙ぎ払う。シンシンは、今度はうまく避けると舌打ちをし、即座に懐から小さな何かを取り出す。すると背後に黒いワープホールが出現した。それに飛び込み逃げ帰ってしまった。

 凍りついた大地を見ながらレイが問う。
「サクヤはいませんがどうする気なのですか?」
「あー自然解凍?」
「はあ……全く。アーサーは学ばないのですね。次の課題は溶かすことなのです。最近色々と頑張ってるみたいですが、まだまだなのですよ!」
 そして一番すごいのはボクなのです!と胸を張ったレイに、何ついでに自慢してんだよ!とアーサーはレイを引き摺り下ろそうとする。
「だー!どこ触ってるのですか!本当にデリカリーの無い人間なのです!」
「えっうそ、なにがあっ痛!痛えよ!」
 レイはぽかぽかとアーサーの頭を殴った。全く微笑ましい限りである。ふと、レイは手ぶらのアーサーを見て不思議そうに尋ねた。
「そういえばアーサー、コールブラントはどうしたのですか?」
「ああ。この任務に合わせて色々調節してきたんだよ。……例えばこれは、大気の温度で光の屈折率を調節して物体を消すというたったそれだけの細工」
 蜃気楼みたいなもんさと言い手を翳すと、彼の武器の刀身が現れた。レイは目をキラキラとさせてはしゃぐ。
「何なのですかそれは!そんな面白いことできるならもっと早く出すのですよ!」
「いや俺もこんなの出来るなんて知らなかったし……」
 かつての彼は己の持つ能力を上手く活用できないでいた。だが、知識を取り入れ鍛錬を積み色々なことに挑戦していた。レイも最近の彼のその様子は知っていたが、こんなことまでできるとは知らなかったようだ。レイが知っていることで重要なことと言えば、その刀身。アーサーの使う武器、大剣コールブラントは大きく、扱いが難しい剣であったが、本来の姿では無かったらしい。
 魔魂武器、そう名を付けられた存在は、武器という音から無機質なイメージが強いが実際のところその存在は曖昧で不定形。留まらない形を留めた物だけが可変型の武器などと呼ばれているが、実際は、少々手間がかかることが多いものの形を変えることができるという。アーサーは武器に問い、そして武器の形を本来の姿に戻した。慣れるまで少々大変であったが、小さくなった分無駄な動きが少なくなった。――話を聞いたレイは、「アーサーは努力家なのです」とそう言いアーサーの頭を撫でた。
「俺な」と彼は続けた。
「あいつに次会った時驚かせてみてえんだ。――あいつだって向こうで頑張ってるだろうし」
 それを聞いたレイは、ふっと笑った。
「男の子というのは、みんなこうなのですか?……まあ、いい仲間を持ったのです。アーサーもアンリも」
 アーサーは頷いた。

 ワープホールがあった辺りを調べ、サンプルを取り戻ってきたアルモニカが、あと少しの所でつるりと足を滑らせる。
「わ、わわっ!」
「おっとお??」
 どたん!バランスを崩したアルモニカを助けようとしたアーサーもまた転ぶ。
「全く何やってるのですか…」
 いまだ羽を広げ宙に浮いているレイがオーバーに呆れたポーズを取った。


 先ほど交戦した上級悪魔、彼女の使ったワープは、アーサー達にとって初めて見るものだった。しかしレイに言わせると、あれはあの悪魔特有の術ではなく悪魔集団の中で一般化されているものらしい。術を特殊な瓶に詰めて持ち運ぶ。だから、使った後には瓶が取り残されていることが多いらしい。

 そう言えば、彼ら……アルモニカとアーサーは高価な服を身にまとったまま戦っていた。大きな破損は無いものの、汚してしまったアーサーにお咎めは無かったのだろうか。

             ◆◇◆◇◆

「お前は馬鹿か!」

 廊下に女の怒号が響き渡った。
 ここは教団本部某所。見守る複数の教団員と、対面した二人の教団員。だが一方は身を引き、頬を押さえている。
「副隊長として、ベルガモット隊長の代わりに言わせてもらった。お前は馬鹿か!」
「二回も」
 息を荒上げたのは、三番隊副隊長であるサクヤ・ロヴェルソン。そろそろと戻り、彼女の前に正座をしたのはアーサー。そしてサクヤの隣にいるのは隊長であるクロウ・ベルガモット。相変わらず表情の読めない顔で、ため息だけついた。実は、部屋、二人がミーティングルームに帰ってきた直後、「どうしますか」と言ったサクヤの質問に、ベルガモットは「任せる」とだけ筆談で返し彼女の隣の少し後ろに座り様子を眺めていた。サクヤが続ける。
「中の警備をする為に衣装を着、何か異変を見つけ次第私たちに報告だったな。それがどうだ」
「勝手に外に出て、勝手に交戦しました……」
「なおかつ」
「高い衣装を汚しました……」
 サクヤは至って冷静であったが、アーサーは猛反省し萎縮している。追い打ちをかけるように、サクヤは先程の出来事を思い出す。
「あれレンタルだが高いぞ。あと先程上層部から、これだからエクソシストはと嫌味を言われてきた」
「ご、ごめんなさい……」
「レイも。お前なら止めてくれると思っていた」
 サクヤが目を向けたのは、いつの間にかアーサーの右隣にいたレイ。レイは目を細めて「うっかり、完全に獲物を狩る獣になっていたのです。とても反省しているのです」などと言った。一応悪びれている様子だ。サクヤは反対側、アーサーの左に目を向ける。
「アルモニカもだぞ」
「ですよね……すみません」
 アルモニカもまた下を向く。しかしサクヤは、硬直していた表情を一気に緩ませた。空気が変わる。
「まあ、二人共無事で良かった」
 サクヤ特有の突然の優しさに、副隊長ー!と泣きつく三人。未だに慣れずにおろおろするサクヤだったが、その表情はどこか嬉しそうだった。その様子を見届けたベルガモットは、ふと口元を緩め、四人を残して部屋から出ていった。

             ◆◇◆◇◆

閑話「何でもない話」


『あなたも私の敵なんでしょう!そうなんでしょ!』

 戦地に出ていた隊長達が、ターゲットを捕らえたらしい。彼女に俺が初めて会った時、彼女は狂犬のようだった。怯える故に、噛み付く犬のようだった。

『俺はアーサーって言うんだ。同年代のエクソシストは俺しかいない。十三の時ここにやってきた』

 ガラス越しにそう言うと、彼女は俺を安全か確認するかのように彼の全身を見た。そして、どうしてここに来ることになったのかと尋ねた。ここに来るしかなかったと言うべきか、経緯を話すと、彼女は大人しくなった。

 不幸な人間なんていない。お前に何があったか知らないが、ここにお前の敵はいないってことだけだ。あらかさまに言ったりなどしないが、俺に軽口や憎まれ口を叩いたり、扱いが粗雑なのは信頼してくれているからだと思うことにする。多分。そうだ。

「もっとちゃんと支えなさいよ」
 多分。
 屋根に上がるため、アルモニカを支えている。ヒールの踵が痛い。肩と手のひらが痛い。
「おい、痛いから早く」
「もうちょっと……。ド、ドレスだと動きづらいのよ。あと捕まりづらくて……」
 そうだ、そうだった。待て、もしかして上を向けば見えてしまうのでは!?
「…………」
「?……ハッ!?ちょっと!」
 沈黙したアーサー、対してアルモニカは何かに気づいたのか、その旨を伝えようとしたのだが、案の定、何のことか分からずアーサーはアルモニカを見上げる・
「え?――――!」


 気が付けばタイルの上で寝ていた。月明かりがやけに眩しい。アルモニカが屋根の上から手を伸ばしている。
「さ、早く」
「?お、おう……」
 そうしてなんとか屋根の上に上がる。あとは段階的に三階、四階の屋根へと登っていくだけだ。

 そう言えば、俺、なんで床に寝てたんだっけ。まあいいや。






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