アルモニカの心は、不安と悲しみで壊れそうだった。なるべく冷静に取り繕おうにも叶わず、泣きそうになりながら彼の手を取った。
理解し難いことが起こる。受け入れ難いことが起こる。人の命が粗末に扱われ、道徳心の欠片も無い、まさに、悪魔が作った箱庭的環境。こんな悪夢のような状況に、なおかつ友人の様子もおかしいのだから、不安で押しつぶされそうになって当然だろう。窮地に立たされてもなお立ち向かえるほど、少女は強くなかった。
おもむろに、ふらふらと駆け出したアンリを追いかけ辿りついたのは、半壊した部屋だった。部屋の入口付近にぽっかりと大きな穴が口を開けており、深い場所まで吸い込まれていきそうだ。そんな穴の前で彼は倒れていた。
落ちないように引き寄せ、泣きそうになりながらも震える手で彼の手を取った。眠っているように静か。けれど生きている。脈などを取るも異常は無いのだ。
その時、焦った彼女の脳裏に浮かんだのは、『意識を連れて帰る』ということだった。普段の彼女なら、危険であるから避けた方法かもしれない。
非現実的な話であるが、実は突拍子も無い話では無い。彼女にはそれができたのだ。幼少の頃に封じた大嫌いなこの力は、上手くやれば使いこなすこともできると彼女は最近学んだ。それが共鳴士というもの。メルデヴィナ教団が規定している資格の一つだった。
使わないと決めた力を使うことに若干の抵抗があったアルモニカだったが、己の暗部に向き合うと決めたのだった。アルモニカは、深呼吸を一つすると、アンリの額に手を当て、目を閉じた。
深い、深い海に墜ちるような感覚に、その身を委ねた。
はっと気付くと見渡す限りの淡い青の空間だった。そして目の前には、頭が本の女が立っている。図書員のような、緑の制服を着ていた。
丁寧な仕草で礼をした、目の前の変わった女。
「ようこそ。アリア・レコードへ」
中性的なその声で、知らぬ単語を話す。
「な、なんなのここ……」
アルモニカはキョロキョロとあたりを見回す。彼女にとってこのようなことは初めてだった。人の中に、別の誰かがいるなど。
「いらっしゃいませゲスト様。私はエメラリーン。いわばインデックスです」
エメラリーン、インデックス、ゲスト、それが何を意味するかは、彼女には分からない。
頭が本の女は、言葉を終えると静かに右手を奥へとやった。
「お探し物は、あちらでしょう?」
その先に視線を向ける。遠くだが分かる、アンリがいた。それを見たアルモニカは驚き、エメラリーンと名乗ったインデックスのことや様々な疑問も頭から抜け落ちた。
「アンリ!」
息を切らしそちらへ走っていく。だんだんとはっきりしてくるその輪郭。だが、近くで見ると、それは思ったものと少し違ったように思えた。
「アンリ……?」
白い、小さな子供が泣いている。その目から大粒の涙を零し、しゃくりを上げながらその小さな手で滴を拭いつづけている。髪の色や目の色、顔から彼だと思うのだが、どうして子供の姿なのだろうか。戸惑いながら、近付いた。
「アンリ……なのよね……?」
彼は頷かなかった。けれどその悲しそうな様子を見て無性に心が痛み、放っておけなくなった。アルモニカは膝を折ると、彼の肩に手を置き、子供に対して話すように、優しく語りかけた。
「ねえ、一体どうしたの。一緒に帰ろうよ」
しかし、彼は首を横に振った。雫がはらはらと落ちる。
「ぼく、もう嫌なんだ。かえりたく、ない」
弱々しい声だった。この様子に、心がじくりと痛む。
首を振った彼は、うつむいたまま呟く。
「できることなら、しんでしまいたいくらい」
「何言ってるの、そんな事言わないで!」
アルモニカは思わずその小さな肩を抱きしめた。
「だって、だって。許されないことを、ぼく、は……っ――」
嗚咽が漏れて、声にならない。耳元でその呼吸を聞きながら、アルモニカは、その震える小さな肩を、更に強く抱きしめる。
「死んでしまいたいとか、そんなこと、言っちゃだめなのよ。生きなくちゃ。だって……」
(死んだら全部無くなって、何も残らないじゃない。大事なもの、いっぱいあるのに。
だからそんなこと言わないで。いなくなったら、私が嫌だよ。生きるのを諦めるなんて、そんなの。ああ。どうしてこんなに心が痛いんだろう。きっと私、アンリにいなくなって欲しくないだけなんだわ)
涙と共に飲み込んだ言葉を絞り出す前に、彼は口を開いた。
「――そうですね」
「……アンリ、」
そう言ったのは小さな子供ではない。彼女の知るアンリだった。いつの間にか変わっていたのだ。その表情は、雨上がりのように綺麗だった。青い世界がパネルを裏返すように、波紋が広がるように、真っ白な世界へと変わっていく。彼は泣きそうな顔で微笑んだ。
「迎えに来てくれて、ありがとうございます。アルさん。……帰りましょう」
そう言い立ち上がり伸ばした手を、アルモニカは掴んだ。
「……うん」
その手は温かかった。
「とは言ったものの、どうやって帰るんでしょうか」
「そうね」
アルモニカにも分からない事は、この世界を生み出した本人にも分からないようだった。思い出したように、あ、とアルモニカが振り返って指をさす。
「確か、あっちにインデックスがいたわ、ほら、」
だが指の先、そこにはだだっ広い真っ白な空間が広がるばかりで、エメラリーンと名乗った女の姿は無かった。
ついさっきまであったものが無くなる不安定な世界。アルモニカは不安に駆られて、アンリの手を離そうとしなかった。うっかり手を離せば、彼もまた遠いどこかに行ってしまう気がして。
宛もなく、白い世界を彷徨う。足元も空のようで、どこに立っているかも、進んでいるのかも分からない。だがそんな時である。白い世界に刃物で切ったような裂け目ができ、そこから狐が飛び出した。朱の前掛けをした、すらっとした狐だった。その身は青白い光を帯びていた。
「コン!」
狐は二人の前に降り立つと、一言鳴いた。
「分かった」
アルモニカはそう言い頷くと、アンリの顔を見て「連れて帰ってくれるそうよ」と言った。
軽やかに駆ける白狐のあとを、二人は追っていく。そしてそのまま、裂け目の中へと入っていく……
目覚めると、そこは明かりの消えかかった、薄暗い廃墟のような部屋だった。
軽い頭痛を覚えながら身を起こすと、少し離れたところの床が陥落しているのが見えた。そして、隣にはアルモニカが眠っていた。
「アルさん、アルさん、」
揺さぶるも、彼女は眠ったまま。
その嫋やかな横顔に、聞こえないよう、そっと零す。
「……本当に、ありがとう」
そう一人小さく呟いた。
アンリは何故か、ずっと、直感的に先を急がなければならない気がしていた。アルモニカを背負って先へ行こうとしたが、まずその前に、この部屋を調べてからだ。
部屋を観察すると、部屋の奥の一角にデスクが並んでいた。ここは研究室だったのだろう。まるで当時のまま、各々のデスクには進行中のタスクや書類やデータなどが無造作に散らばっている。(ただ至るところに赤黒いシミがあるのが、ここで何かあったのかと思わせるものだったが)……その中で、一つ、紙切れ一つ無いとても綺麗なデスクがあった。そしてそのデスクの上、置かれた金属製のネームプレートが気になり、手に取ると、刻まれた文字をそっとなぞった。
「ステ……ラ……?」
その後ろは血で汚れており、また部屋が薄暗いため何と書かれているか分からなかった。
このネームプレートの素材、形式は確か、アンリが持っていた自分の名のプレートと同じだった。つまり、アンリ・クリューゼルという自分の名は恐らく、ここの研究員の誰かの名前なんだろう。
そのようなことを考えつつ引き出しを開けると、中はほぼ空のようで、ペンの転がる音がした。しかしその中、引き出しの奥に隠れるように潜んだ手帳。その頁に挟まっていたのは、一枚の写真だった。それを見て、アンリはすぐに分かった。
「エメラ、リーン……?」
色褪せた写真には二人の人物が写っていた。隣にいる人物が、手をレンズに向けて伸ばしているため隣がどのような人物かはよく分からないが、確かに、その写真は優しい笑顔の彼女を映し出していた。
この写真が彼女とその特別な人との写真だと言うのなら、この写真の持ち主は、エメラリーンだった人ということになる。
(そっか。……ステラ、って言うんだ)
アンリはネームプレートと写真を、そっと自分の懐に仕舞った。
◆◇◆◇◆
アーサーは白い化け物と戦っていた。捨て身で獣のように飛びかかる白い化け物だったが、アーサーの攻撃に着々とダメージを蓄積していき、やがて立てなくなった。ヒューヒューと肩で息をし、赤い血を滲ませ、骨そのままを思わせる細い腕を、震わせながらも身を起こそうとする彼に、アーサーは無慈悲にも剣を向ける。だが、その表情はいくらか辛そうだった。
そっと刃先をその背に触れさせる。
「……楽にしてやる。咲き乱れ――」
雪華(セッカ)を発動させる。白い、背骨の目立つその背中に、それは無言で巨大な花を咲かせた。
彼を殺した彼らだったが、サクヤの読みは外れ、透明な壁は無くならなかった。だが当の本人は比較的落ち付きを取り戻したものの、壁が無くならなかったことより別のことで未だショックを隠しきれないようだった。座り込んだまま、バツが悪そうに目を逸らし続ける。
「すまない。さっきは、動揺して」
「俺の方こそ、ごめんなさい」
ちらりと目をやると、彼女がレルと呼んだ白い子供は、既に灰となってしまっていた。
「死んだら灰になる……やっぱり、悪魔には違いないようなのです。でもサクヤ、元々人間って、どういう意味なのですか?それを聞かないと、ボク達は前に進めないのです」
レイの顔をしばらく見つめたサクヤだったが、目を閉じると、話し始めた。
「私がレルと出会ったのは、随分と昔の話だ――
白い部屋に、サクヤ……もといエーネはいた。この時の彼女はまさに盲目で、自分の中にいるグレヴォラだけしか見ていなかった。グレヴォラさえいればいいと思っており、外の世界に興味などなかった。
そんな彼女の部屋に、突然入ってきた子供がいた。いや、迷い込んだと言うべきだ。彼は威勢よく声を張る。
「よおチビ!俺迷子になったんだけど、どうやって帰るか知らない?」
八重歯の目立つ黒髪の少年。エーネより少し年上くらいだろうか。玉座のような椅子に座り頭を機材に繋がれたエーネに臆することなく、馴れ馴れしく絡んできた。
「……しらない」
「えー?」
困ったなーと頭を搔く少年だったが、不意に、そうだ!と右手を差し出した。
「折角会えたんだし友達になろうよ!俺、りぇりゅる!りぇ、れるる、れる、れりゅ……あーもう!レルでいいや!俺、レルって言うんだ。お前は?」
グレヴォラの声を聞きながら、彼女は返す。
「エーネ。A-01」
「えっお前エースじゃん!すげー!」
無駄にはしゃぐレル。ふとグレヴォラの声を聞いたエーネが口を開く。
「本当の名は?」
「本当?俺、小さい頃からここにいるからわかんないよ」
エーネは頭に響くグレヴォラの声を復唱する。
「ホデリ」
「えー変な名前!ホントにそれが俺の名前ー?もっとかっこよくて強そうなのがいいんだけど」
レルは腕を頭の後で組んで、唇を尖らせた。それとほぼ同時に、部屋の扉が開き、白衣の大人が数人入ってきて彼を連行していった。
「あ、じゃあまたね!ええと!」
去り際、名前を言いかけたレルに、エーネは答えた。
「サクヤ」
「ええっそんな名前じゃなかっ――あっ!」
無慈悲に閉まる扉。白い部屋はまた静寂に包まれた。
それぎり、彼にまたと会うことはなかった。
「私がレルのことを覚えていたのは、時折、名前の話をしたことを思い出したからだ。故郷が同じなんじゃないかと思って」
サクヤの瞳が翳る。
「顔を見て分かった。やっぱりあれはレルなんだ。様々な実験をしていた奴等ならきっと、人を悪魔化させる実験などもしていただろう。非人道的な奴らだ」
彼女の話に、アーサーとレイは戦々恐々とした。その理由は、それぞれ別だったが。
「悪魔と人間は全くの別物でしょう……それを、」
アーサーの言葉をレイは遮った。
「そうとも限らないのです」
「……?」
二人はレイの顔を見た。
「どういう意味だ……?」
レイは、サクヤの肩に手を置き微笑んだ。
「話してくれて、ありがとう、サクヤ。ボクも、今話すべき時だと思うのです。今、ボク達が向き合うべき時なのだと」
レイは目を伏せた。
◆◇◆◇◆
アルモニカを背負ったままアンリは進む。色々なことがあったが、任務のことを疎かにするつもりは無い。この建物に巣食う悪魔を討伐するのだ。しかしどうも悪魔がいるようには思わない。だが、何かの気配が上の階からする(というのも僅かに音がする)ようで、アンリは上を目指すことにした。その前に、ふと思い立って通信器のスイッチを入れてはみたが、やはり何かの効果か繋がらなかった。
暫く歩き、動力式エレベーターを見つけたものの、危険性の面で乗るのは些か気が引け、安全策の階段を登っていった。
最上階の一番奥の、いかにもな部屋に入ると、社長室のようなだだっ広い部屋にぽつんとデスクがあった。奥の一面はガラス貼りになっており、木々が見えることから大した高さではないことが分かる。
ただの部屋ではない。怪しげな要因が一つ。そのデスクの前に、見知らぬ男が一人、手を腹の前に組んで悠然と立っていた。にこりと微笑んだ男に対して、アンリは何か違和感を感じ取る。
「ふふ、遅かったですね。待っていましたよ」
少しウェーブがかった黒髪、しっとりと濡れた真っ黒な瞳。緩やかに結ばれた唇。柔和な表情を崩さない男は、コツリと靴を鳴らして一歩近付く。アンリは警戒し、ゆっくりとアルモニカを下ろすとその前に立って武器を展開させた。その様子に全く動じなかった男は、彼の表情を見てクスリと笑った。
「随分疲弊していますね。ああ、花よ、そんな死んだような顔をするんじゃあありませんよ。あなたは生きねばなりませんから」
花という、何かを表す単語を口にする男。その間にも、ゆっくりと彼は近付いてくる。アルモニカや記憶の中の女性……ステラと同じことを口にした彼に、些か嫌悪感を抱いた。
怪しげな黒い男は、口元だけが柔らかい表情のまま続ける。
「私のお話は一つ。君の中にある、不思議な何かについて知りたくはありませんか?」
「……何って」
「ふふ、本当は分かっているんでしょう。……けれどそれは、あなたが私に協力すると同意してからです。さあ、この手を取って」
差し出された手とその言葉に、不安定な心は揺れる。真実は知りたいけれど、今、この方法で知ることは無い。
「……結構」
男は、ふっと微笑んだ。
「ほう?あなたに他に行く宛があると?」
「見ての通り、僕は教団員です。行く宛も何も、僕の所属は変わりませんから」
「……ふん。ならば仕方ありません」
手を引っ込め、見限ったように男は数歩離れると、そのまま右手をすっと上げた。不思議と目が金に光った気がした。瞬時にアンリの右手の黒は飛び散り、ティテラニヴァーチェが今にも相手に飛びかからんとした、しかしその時である。
「伏せて!」
大きな女性の声。反射的に態勢を低くしアルモニカに覆い被さる。どうやら、頭上を掠め背後から飛んできた銀の筋があった。その直後、男の呻き声が上がる。見ると、右手に太い針が何本か刺さり、赤が吹き出していた。
部屋に新たに入ってきたのは、黒髪の男女だった。その女の顔を見て、穏やかさを纏っていた筈の怪しげな男の表情はみるみる歪んでいく。
「く、くそ、くそォ!この期に及んでまだ邪魔をするのかローザァ!いつも、いつも邪魔ばかりして……!」
右手の針を抜くことすら忘れ、声を荒げ息を乱し、怒りを顕にする男。対してローザと呼ばれた女の方は、無慈悲に矢を構える。がしかしである。
「そこにいるのは誰だ!」
構えたまま、矢の先を男から外し、デスクの方に向ける。すると、「撃たないでねー」という間の抜けた声がして、机の下から両手を上げた白衣の男が出てきた。この場に似合わないにこやかな表情である。
「えへ、もう見つかっちゃった。ただ僕はオーディエンスになりたかっただけなのにー」
「シリスさん……」
矢の女の隣に立っていた中華風な男……ミンが口にする。シリスと呼ばれた男は、走り、怪しげな男から離れると、ミンの隣に立った。そしてへらりと言ってのける。
「ミン君、僕を信じてね?あっちなみに僕はエネミさんにハンターイ。世界諸々ぶっ壊すなんてとんでもないことさせないよー?」
対立する怪しげな……エネミと呼ばれたは、それを聞き更に機嫌を悪くした。
「ほう?シリス・レヴァーニャ。あなたも私から受けた恩を忘れたのですか。……でもまあ、好きにすると良いでしょう。一度落ちた林檎は落ちるだけ。もう、誰にも止められない。――僕は諦めない。見てろローザ、お前に絶望を見せてやる」
エネミと呼ばれた怪しい男はそう吐き捨て、窓ガラスを左手で叩き割る。
「!」
驚いた様子の一同など相手にせず、彼は飛び降りていった。
ミンが彼を追い、割れた窓から下を覗くともうその姿は無かった。生温い風が吹いた。
「ローザ、あの人まだ生きてるのかな」
「勿論。その高さじゃね。常人でも怪我するくらいよ。……それに彼、死なないから」
嵐のような展開に驚いていたままのアンリに、女は振り返って言った。
「この建物、変な結界みたいなものが張ってて入れなかったの。危なかったわね」
「いやーいやいやホント。結界の穴探すの大変だったよ」
へらへらと笑った白衣の男だったが、キッとローザの眼光が彼を射抜くと、彼はまた間の抜けた声を上げながら後ずさる。そしてそのまま咳払いを一つすると、仰々しく礼をした。顔を上げた彼の顔は、変わらず糸目でにこりとしている。
「申し遅れました。僕はシリス・レヴァーニャ。研究社ピコの代表取締役社長。メルデヴィナ教団とは仲良くさせて貰ってるから、勿論君たちの敵ではないからね?怪しいもんじゃないよ。確か、オラルトの件も許してあげたし僕には借りだらけの筈だよー」
オラルトの件(知らされていなかったとは言えピコのオラルト研究所を壊滅させたこと。主犯はレイン・セヴェンリー)というのを知らないのはともかく、アンリとしてはそれを聞いても全く信用ならないのだが。
「これ以上近付かないでシリス・レヴァーニャ。あなたの事は信用していない。あの人と同じくらいね」
「ええーっ酷いなー」
シリスは頭をかく。ローザの隣のミンが宥めるように進み出た。
「確かに僕もあなたには借りだらけだ。けれど、今日のところはお引き取り願えませんかシリスさん。あなたが興味を抱くのは分かりますが、無駄に血を見たくないので」
「うーん分かったよミン君。お姉さんの顔に免じて今日は言う事を聞いてあげよう」
ローザが無言で割れた窓を指さす。シリスは「あはー無理無理」と笑いながら扉の方へと向かう。去り際にふと立ち止まり、こんなことを言った。
「じゃあね花君とやら。僕は楽しみにしているよ、君がどうすることを選ぶのか」
そう言い部屋を出て階段を降りていった。
「花……って何ですか」
シリスの足音が聞こえなくなった頃、アンリがぼそりと呟く。「えっ」というローザの声が聞こえた。そんなことまるで聞いていないように、アンリはローザに言う。
「とりあえず、僕は隊の人と合流しないと。助けてくれてありがとうございました。僕は任務がまだ終わってないからまず――あびゃびゃびゃ」
言い終わらないうちにローザが飛びかかり、頬を両手で挟んで揺らした。
「なに悠長な事を!言ってるの!あんた自分の置かれた状況分かってるの!?」
「ふぁ、ええ……?」
「ローザ、落ち着いて、やめたげて」
中華風の男、ミンが仲裁に入る。ようやくアンリは解放された。
「彼女、ちょっと焦ってるんだよ。悪いけど、ちょっと話を聞いてもらえる?」
ローザの方を見ると、彼女は早速巨大な黒い箱のようなものを作り出していた。一体どういう原理だ。
「ブラックボックス。この中で話をしましょう。また鼠が聞いていたら困るもの。そこの、寝てる子も安全の為に中に入れて」
アルモニカはまだ眠ったままなのだった。
黒い箱の中はそれこそ小さな部屋のようであった。ソファーが対面して置いてあり、明らかに外見以上の広さがあるように感じた。ローザは向かいに座ると早速、「お茶なんか出ないけれど、」と言いつつ話し始めた。
「遠回りになるかも知れないけど、とりあえず知っておいて欲しい大前提として、あなた達教団が殲滅を掲げている悪魔、そのルーツは――」
予想できなくもないが、信じたくない言葉を平気で彼女は紡ぐ。
「そのルーツは、人間なの」