17話「塔の目」





「塔の目。それは、世界を見渡す力。目の行き届く場所はどんな所であろうとも、その声は届き、またその耳が追ってくる。全くもって天の力のようだ。この力は何としても教団が保有しておかねばな。悪魔や魔女に渡っては、我々人類の敗北は決してしまうであろう」
 団長に大仰にそう語りかけたのは、教団と横のつながりを持つ教会の、カーディナルレッドを纏ったとある枢機卿だった。
「ええ。彼女に嫌われなければ良いのですが。……変なことはしないでくださいね。誰かさん達が妙なことをしたせいで、先代の神の目は逃げてしまったんですから」
 ぐぬうと怯んだ枢機卿に、団長はそう皮肉っぽく言い、笑った。

             ◆◇◆◇◆

【トーレの回想】

 不思議、ただ、不思議だなって最初は思っていた。

 武器になってしまったローセッタの適合者として、私は協力することを命じられた。それは別に構わない。死んだと思っていたローセッタに、身に着けてる時は会えるから。ローセッタを側に感じることができるから。
 でもその日から、微々たるものだけど、すぐに異変に気付いた。教団はどこも怖いし、いたはずのお兄さんも何処にいるか分からないし、与えられた部屋に閉じこもっていた。
 でもずっと閉じこもってもいられない。あれは気のせいだと、ふと確かめようと思って部屋を出た。でもやっぱりだめだったみたい。前よりその違和感は強くなっていた。私は走ってお兄さんを探そうとした。

――あれが新兵器?ただの小娘じゃないか。
 兵器?そんな……モノみたいに。
――あれを利用する算段か。あんな子供を使わざるを得ないなんて、上は大丈夫か。
――やだ、こっち見たあ。
 やめて。聞きたくない。
――ローセッタっていう、昔教団員だった魔女の子か?
――そんなのあてにならねえな。
 聞きたくない、聞きたくないのに、頭の中に流れ込んでくる。

 何も聞きたくないと、走って、走って、トーレは廊下の曲がり角で何かとぶつかった。
「ぶっ」
「わっ」
 相手の持っていたと思われる書類が宙を舞い、尻もちをついた相手がそれを拾う前にトーレに手を差し出した。
「大丈夫?えっと、トーレちゃん」
「……フリィベル、お姉さん」
 手を取ることも忘れ、トーレはアルモニカを呆然と眺めた。彼女からは何の声も聞こえなかったのだ。
「お姉さんは、どうして声が聞こえないの」
「えっ」
「みんな、思ってることが聞こえてくるのに、フリィベルお姉さんからは何も聞こえてこない……!」
 縋るようにトーレはアルモニカに抱きついた。彼女は優しく、おいでと言って抱きしめ、誰もいない三番隊のミーティングルームに案内した。

「それはローセッタレンズを発動させたことが原因で、トーレちゃんの潜在能力が暴走してる」
「潜在能力……?」
「トーレちゃんには隠し事しても意味ないから全部言うね。脅してるわけじゃないけど、悪魔化、とも言う」

 悪魔化。なかなかこのことを知る者は少ない。正確には、文官やなって間もない下級エクソシストには、である。
 魔魂武器を使って悪魔と戦っていた初期の頃。魔魂武器の使用者達が早死する中、時たま武器と似たような能力を手に入れる者や死に際に武器となる者が現れたのである。魔魂武器を使うことの副作用は様々と報告されているが、その一部で遺伝子的に悪魔に近付くというものがあるのである。
「わ、私、悪魔になっちゃうの?」
「そうとも限らない。大丈夫。私なんて昔になったけどもう治まったし、制御さえできればこっちのもんよ」
 制御さえできれば、の話。そこが大きな問題だった。似たようなことを経験したアルモニカだが、トーレと全く同じではない。あくまでも似ているだけだ。同じ手が使えるとは限らない。
「力の奔流を塞き止める。外に逃げていく意識を留める。心の中に、枠を作るの」
「……難しい」
「そうよね……」
 つくづく自分は不器用なんだとアルモニカは頭を押さえる。そして、はっと思い出す。
「ローセッタはどこ?」
「多分、武器の部屋かなあ」
「あの人に頼んでみる。ちょうど書類を預かってるの」
 先ほどばら撒いた紙の束を、アルモニカは企み顔でトーレに笑ってみせた。

             ◆◇◆◇◆

「ドクター、いないのー?」
 医務室に顔を出し、部屋の主を探してみる。そこに人影はいなかった。
 三番隊ミーティングルームから、少し離れたエンシェントルーム。アルモニカとトーレは手を繋ぎ、枠のイメージとアルモニカの介入によりトーレは取り乱すことなくここまで来れたが、やはり限界がある。
「マスターに御用ですか」
「うわっ」
 背後から声がして振り返ると、妙な格好をした青い髪の女がアルモニカに迫ってきていた。
「え、えと、クルスドクターいませんか……」
「少々お待ちください」
 二人を中に案内し、そうして医務室の奥に入っていった女の背を見ながらトーレが「あのお姉さん、機械でできた人形みたい」と言った。人の心の声が聞こえにくくなっただけで、完全には抑えられていないようだ。
 すぐに中からクルスの叫ぶ声と青い髪の女の声がして、やがてぶかぶかの服を着たクルスが出てきた。いつもは大人用の服を折って来ているが、その暇は無かったらしい。白い髪は濡れていて、長い袖を振りながら彼は抗議した。
「今すごく君たちタイミング悪かったよ!徹夜明けでシャワー浴びてたのに、ロリタが入ってきたし!」
「それよりエンシェントルームの許可状くれない?」
 その時ロリタと呼ばれた青い髪の女がクルスに頭からバスタオルをかけ拭き始めた。しばらくもごもごとしていたが、両手で顔の前を掻き分け顔を出した。
「何に使うんだい」
「ローセッタを持ち主に返すの」
「ローセッタは僕が預かってる。持ち主って、そこの?」
 ちらりとアルモニカの隣で手を繋いだままのトーレを見た。びくりと緊張したのを、アルモニカは感じた。
「ええそうよ。必要なの。武器を使用者が携行してないなんておかしいわ」
「まあそうなんだけどね。上が言うにはあの武器は上の判断で使う物だから、組織として持っておくらしい。ねえちょっとロリタ、もう良くない?」
「ねえちょっとロリタ、ローセッタはどこ?」
「あちらです」
「ありがとう」
 主の言葉を無視し、素直に答えたロリタに礼を言い走る2人。クルスは追いかけようとしたが、ロリタに押えられ、小柄な少年の彼はジタバタとすることしかできなかった。
「マスター、まだ髪が乾いておりません」
「いやそんなこといいから」
「よくありません。マスターに風邪をひかれては困ります」
「ああ、そう……」

 半ば諦めたクルスの向こうで、トーレはやっとローセッタレンズを手にした。
「トーレちゃん。力を持ってたローセッタなら、その制御も上手くやってたはず。身につけてる時は声が聞こえないはずよ」
「うん!ありがとうアルモニカお姉さん!」
 トーレは心底嬉しそうにアルモニカに抱きついた。
 その時ロリタから開放されたクルスがふらりとやってきた。
「力がなんだって?」
 適当に事情を説明すると、彼は目を丸くした。
「えっ!?何それ気になる気になる!ちょっと詳しく調べさせて!」
「トーレちゃん、逃げるのよ。ここは私が食い止める」
「フリィベルお姉さん……!」
 後ろに庇いながら、彼女は振り向いて微笑んだ。
「あと、私のことはアルモニカでいいからね」
「うん!アルモニカお姉さん!必ずまた会えるって信じてるから!」
「ちょっとそのコントみたいなのやめて」
 だっと駆け出したトーレを追うことも忘れて突っ込んだクルスに、アルモニカは「はい」と書類の束を突きつけた。きょとんとしてクルスはそれを見つめた。
「これは?」
「ドクターが外部委託していたやつよ。えっと、スヴェーアから持って帰ってきた――」
「悪魔の足じゃないか!」
 急に目を輝かせて手を伸ばしたクルスに対し、非情にもアルモニカはひょいと書類を遠ざけた。
「ええっ」
 クルスはぴょんぴょん跳ねて手を伸ばしたが、背伸びをしたアルモニカには届きそうにない。
「酷い……」
「これからトーレちゃんに変なことしないで」
「交換かい。勿論いいさ、それには敵わない。それに気になってる子はまだいるから」
「誰にも手を出さないで。私達、モルモットじゃないのよ」
 真っ直ぐ目を見て訴えたアルモニカにクルスはハッとし、「そうだったね」と言った。

 書類をクルスに押し付けたアルモニカは医務室をあとにし、書類仕事に戻ろうと歩を進めていたが、思い出したのである。過去のことを。
「私にも、教えてくれる人、いたら良かったのに……」
 そうしてふと俯いたまま立ち止まった。
「やっぱやめようかな」
 心の濁流をなんとか抑え込み、くるりと方向を変えて歩き出したとき、すぐそこによく話す人物が、正面から歩いて来たことに気付いた。
 嫌だ、今は誰にも会いたくない。
 幸い隣にいる人物と話しておりこちらには気付いていないようなので、下を向き早足で通り過ぎようとしたのだが……
「あ、アルさん、あの――」
 走った。相手の顔など一度たりとも見ずに。泣いているところなんて、誰にも見られたくなかったのだ。特にアンリには。何故だかは分からないが、変な意地があった。

 本部の仕事の大半は、武器使いであろうとも書類仕事だと言われている。正確には、アーサー、アルモニカ、アンリから成る三番隊アーサー組と呼ばれるメンバーのことだが。
 第四書庫で仕事をしていたアーサーはあくびをして背を伸ばした。まだ終わっていない仕事が幾つかある。
 閉まっていたドアを叩く音がした。次に目を通す書類を見ながら曖昧な返事をすると扉が開き、一緒に仕事をしていたアンリが戻ってきてひょこりと顔を出した。彼は糖分が切れたと言って休憩に出ていたのである。そしてきょろきょろと中を見渡すと扉を閉めて前の席に座った。
「アルさんはこっちいないんですか」
「いや、書類届けに行ってから戻ってきてねえけど」
「そうですか……三番隊のミーティングルームにもいなかったんですよね」
「確かに遅い気もするが……」
 アンリは報告書を書きながらふと手を止めた。
「アルさん、なんだか様子がおかしくて。心配になって」
「心配、か」
 思わず口に出てしまった。失礼極まりないが、彼の人格が若干普通とは違うことには気付いていた。しかし少し変わったような気がしたので、アーサーが遠征に行っている間何かあったのかと以前尋ねてみたのだが、「別に何も」と返されてしまった。
 そんなアーサーを知ってか知らずか、彼は苦笑いしてから「はい」と言った。アーサーには思い当たる節があった。
「あいつがおかしい時は、大体おんなじ理由なんだ」
「?」
「あいつが教団に来たのはお前の少し前なんだけどな……」
 そう彼は語り出した。

 アルモニカが悪魔を前にした時の反応は少し異常だ。誰よりも速い足で、真っ先に悪魔を蹴散らしていく。入団当初、実力に似合わない狂気だとして彼女はあまり対悪魔戦に出されなかった。
 彼女が悪魔を憎むのは、彼女の親が悪魔に殺されたからだと聞いた。どうしようもなく辛そうにしている時にぽつりぽつりと話したのを聞いたのだ。五年前のことだと言うが、まだ傷は癒えてはいない。いや、むしろその怒りこそが原動力。彼女は大人になろうとしているだけの、脆い子供なのだ。
 時々、記憶の扉が開いたようにアルモニカは脆くなる。以前もこんな寒い日、確か命日だった。

「ね、アーサー。どうしてこんなに悲しいんだろう」
「……」
 普段は絶対見ることのできないアルモニカだ。少なくとも、繕う余裕のある時の彼女ではない。アーサーの背に頭を押し付けて静かに泣いていた。
「わたし、絶対お母さんを殺した悪魔を殺す。まだいるかなんて分からないし、どんな奴かも分からないけど、倒して、倒してっ……」
 アーサーはかける言葉が見つからず、ただ静かに聞いていた。

 しんとした書庫。元から二人しかおらず静かだったが、その空気は更に少し重く感じられた。
「アルさん……」
「ああ。って、暗くなっちまったなあ」
「でも、今回はアーサーさんに泣きついて来ないんですね」
「あいつもあれから一年経って、強くなったのかもしれねえ。それに俺、何もできなかった。今だって」
「……多分ですけど」
 アンリは目を伏せたまま言った。
「聞いてあげるだけでいいと思うんですよ。きっと、それだけで十分」
 そうして目を閉じた。
「励ましてくれたんだな」
「言ってみました」
 アンリが言ったことは、確かにそうかもしれない。己の未熟さを感じていたアーサーを勇気づけるある意味ありきたりな言葉だったのかもしれない。けれど、アーサーにはそれだけではないように見えた。
「お前が、」
「?」
「お前が何か悩んだりしたら、抱え込むなよ。俺はやっぱり聞くことしかできないんだろうが」
 暫くまっすぐアーサーを見つめていたアンリだったが、目を伏せて少し笑った。
「ではまたの機会に取っておきましょうか」
「ああ」
「でも」
 アンリは先程から一向に進まないペンを置いた。
「アルさんはここに僕がいたから来ないんじゃないですか?アーサーさんにだけじゃないですか、弱みを見せたのは」
 アーサーはハッとした。どうしてそう思わなかったのだろうと。アーサーが探しに行った方がいいと。アンリは直接言っていないが、アーサーには彼がそのようなことを言っているような気がした。

 アンリは立ち上がった。横に積んでいた封筒の一つを取り、「これ間違ってこっちに混ざってた物なんで届けてきますね」と言って出て行った。


 書庫を出て、アンリは各事務室のある棟には向かわず、宿舎棟に渡り寮の自室まで戻ってきた。
 そこに入った途端、溜息とともにドアに背を預けずるずると座り込んだ。封筒など無造作に落としたままだ。
 意識は右腕に向かう。痛みと違和感に耐えられなかったのである。左の手袋を外し、右腕の袖を捲る。血の滲んだ包帯をゆっくり外せば先日J地区で悪魔に付けられたばかりの傷が顕になった。
 しかし、様子がおかしい。
「ティテラ、何してるの」
 いつも服の下に大人しく巻き付いていた彼の武器であるティテラニヴァーチェの端が、文字通り傷の中に入っていた。痛々しい。
「ティテラ、出、う、くっ……」
 本能的に思わず引き抜こうとすると、激しい痛みと熱が腕を襲った。ポタポタと開いた傷口から血が溢れ、白い腕を伝って床に垂れた。
「はぁっ、ぁ、拭いて、おかないと」
 うっかり残したりなんかしたら、相部屋のフレッドが心配して世話を焼いてしまう。
 ぼんやりと考えながら、アンリは冷や汗を左手で拭い、頭をドアに預けた。

 ティテラニヴァーチェは魔魂武器だ。意思を持つ武器だ。なら、これで正しいのだろう。確か武器の元々の形は剣などの形を成していなかった。ティテラニヴァーチェの意思に任せておこう。
 じんじんと腕は痛むが、これはただの傷。癒えればやがて何ともなくなる。骨を折った時もそうだったじゃないかとアンリは思った。誰かに話すほどのことでもない。もっと大事なことがあった時に話そう。退路が残されていると言うのは妙な安心感があった。
 息を一度吐いてから、包帯を巻き直し片した。落ちていた封筒に手を伸ばすと、ふと封筒に血が付いているのに気付いた。
「もう使えませんね」
 それだけ言って、ゴミ箱に突っ込んだ。届けるべき封筒など元々無かったのだ。

             ◆◇◆◇◆

 それからしばらくは彼ら三人に遠征の仕事はなかった。その間三人は諸任務で本部の周辺を行き来していた。

 時には何故か本部の雪かきをしたこともある。例年より増して大雪が降り大変な事になった本部であるが、普段なんとかしてくれていた火の使い手のサクヤが南方へ出払っていたということで、一部少数の文官と仕事の空いた一般隊、そして三番隊で本部前庭の通路を作ったりしたのである。最後までその仕事をしていた人達の中にいた、眼鏡をかけた一人の文官、因みに名はシャルロットと言うが、彼女がその内「雪合戦しましょうよ!」と提案をし始めた。それに乗った一般隊員達は作業していた全員を巻き込み、やがて大きな雪合戦に発展したのだが、テンプレートと言わんばかりに上司に叱られ、テンプレートと言わんばかりにアーサーは風邪を引いた。
 それも数ヶ月前の話だ。


 ヴァルドの民の地に建つ国、隣国テトロライア王国の第一王女が失踪したと王宮から言われた時は、内密にとのことであった為、三人でメインライアを中心に捜索した。ちなみにその時は同じく三番隊のレイも本部にいたのだが、「ボクが行っても足手まといになるだけなのです。ほら、歩けないし、ボクって結構目立つのです」と何故か嬉しそうに話したので三人は置いていった。
 結局王女は見つかったのだが、驚くべきはアンリと第一王女が顔見知りだったことであろう。街に出てすぐにはぐれたアンリと合流したかと思えば彼女を連れていたのだが、アンリは「あの人王女だったんですか……」となぜか頭を抱えていた。


 ある日、三番隊のミーティングルームにはサクヤ副隊長とアーサーがいた。他の隊員はそれぞれ諸用または任務で出払っている。
 テーブルを挟みソファーのアーサーの向かいに座ったサクヤは、暫くそわそわとした後アーサーにおもむろに話しかけた。
「コールブラントの調子はどうだ」
 本を読んでいたアーサーは、眼鏡を外し、本を閉じてサクヤに視線を向けた。
「えっと。段々ですけど分かってきたんです。以前オラルトに行った時掴みかけたんすけど、しばらく寒かったんで湖に飛び込むわけにはいかなくて」
「何があったのかよく分からないが……段々暖かくなってはきたが、帰ってきた直後の寒中水泳は死ぬぞ」
「まあそうなんすけど」
 真顔で心配したサクヤにアーサーは笑いながらそう言った。
「だから、」
 アーサーはテーブルの上にあった空のコップを掴んだ。片手はソファーに置いたコールブラントに触れている。
「これで練習してみたんです」
 サクヤは頭に疑問符を浮かべていたが、ふと空気の流れのようなものが変わった気がした。
 そうしてアーサーは、コップの中をサクヤに見せる。そこには少量であるが、水が入っていた。そして暫くすると、パキ、パキと音を立て、やがて凍ってしまった。
「す」
 サクヤの口から空気が漏れた。
「す?」
「すごいじゃないか!暴走しなくなったんだな」
 興奮気味なサクヤに肩を掴まれ揺さぶられ、アーサーは照れくさそうに笑った。
「でも剣を持った時はちょっと違うみたいなんすよね」
 そう言って彼はコップをテーブルの上に置いた。
「それよりも副隊長はどうなんですか」
「私か、私は大丈夫だ。アレスとアレンを私一人だけで扱うのは少々難儀だったが、もう物にしたぞ。それに、腕はある方が便利だからな」
 そうして強く笑ってみせた。彼女の髪と親友は失われたが、三番隊副隊長の腕章はしっかりとその左腕に通されている。短くなった髪は、本人も気に入っているようで伸ばしもしていない。
 そしてまた沈黙が流れた。しかし今度はすぐにアーサーが「そう言えば」違う質問をした。
「以前思ったんですけど、遠征ばかりが続いていましたね」
 サクヤは、ふむと顎に手を当てた。
「西方本部が悪魔よりも魔女と戦っていることが多いのは知っているだろう。レイや隊長達が専門としている。悪魔の活動範囲から少し離れた本部の敵は、本部だということで狙ってくる魔女結社レイズ、それとの抗争に忙しい。実のところ悪魔は別の諸地区に出没することが多い。西部の主な暗黒地帯など、テトロライアの黒の森くらいだからな」
「つまり、支部の手が回らないという理由で来た協力要請を、俺達優先で回していたと」
「そうだ。……余計なお世話かもしれないが、悪魔と戦うより人と戦う方が何倍も残酷だ」
「子供扱いですか。俺がここに来たのは十三の時ですが、もう俺は子供じゃありません」
「お前がそう思ってるだけかもしれない。それに他の二人はそうじゃない。お前達の組だけにはまだ大した任務は任せていなかったが、三人はバラバラになって欲しくなかった」
 暫く遠征が続いたが、そればかりしていた訳ではない。アーサーがフィルグラードからオラルトへ向かうまでほとんど時間は無かったが、その合間や戻ってきてからの期間、主に後者であるがその間には、諸任務を三人でこなしていた。
 アーサー組と称された三人には比較的簡単な任務が充てがわれていた。それにより、三人のチームとしての動きは良くなり、結び付きは強くなっていた。しかし……
「バラバラになって、欲しく、なかった……?」
 まるでそうではないような口ぶりに、アーサーは疑念を抱いた。
「まだ確定じゃないんだが」
 サクヤは目を伏せた。
「先ほど行われた会議で、東方支部に悪魔が出やすくなった議題が出ていた。その時東方テトラールキが本部の武器使い戦力を少しでいいから暫くの間寄越せと言ったんだ。ご丁寧に指名までしてきた」
 東方テトラールキ、四番隊隊長のことであるが、彼のことはアーサーもよくは知らなかった。しかし見たことはある。何かにつけて不審な行動をする狐だ。彼は何を言ってたんだろう。アーサーは嫌な予感がした。
 サクヤは会議のことを思い出しながら言った。

「アンリが東方に異動になった」

             ◆◇◆◇◆

閑話「お兄さん」


「わーお兄さーん!」
 可愛い妹属性のトーレの声に、多くのお兄さんたちが振り向くであろう。笑顔で手を広げ、走ってくる彼女を抱きとめようと、多くのお兄さんたちが手を広げるであろう。しかし笑顔の彼女を抱きとめられたのは当然ながら一人しかいなかった。「トーレ?」と振り返ったところ突撃されたそのお兄さんは、トーレを受け止めたまま後ろに吹き飛ばされた。
「トーレ、げ、元気で……ガクッ」
「お兄さん?お兄さん、お兄さんっっ!!誰か!」

 アイウィッシュフォエーバーひーとみーをーとじて
きーみをーえがーくよー

 どこからかどこかで聴いたことのある曲が流れてきた。と思ったら居合わせたフレッドが歌っていた。
「たーとえーふふーふふぼくーをふあいたっ!」
「フレッドお兄さんうるさい」
「理不尽」
「フレッドお兄さんうるさい!チビ!お兄さんと同じ部屋ずるい!」
 はたかれたフレッドが頬を押さえる。トーレもトーレで両手をばたつかせてなにやら言っているようだが彼はあまり聞いていないようだった。
「こいつは結構丈夫にできてるから大丈夫だろ。というかなんでこいつだけただのお兄さんなんだ?紛らわしいだろ」
「フレッドお兄さんはフレッドお兄さん。アーサーお兄さんはアーサーお兄さん。お兄さんはお兄さん」
「なんでだ……実の兄貴でもないのに……はっ」
「おにい、ちゃん……」
 フレッドがしまったと思ってももう遅かった。トーレは下を向いて涙を堪えている。
「フレッドさん泣かした」
「おにいさぁん」
 いつの間にやら起き上がったアンリに抱きつくトーレ。
「大丈夫ですか?」
「うん!……じっ」
「一緒になってこっちを見るなよ!」
 顔を覆ったフレッドはその場から逃げるようにして、最後にこう言い残した。
「ロリコンって呼ぶぞ!ロリコン!」
「ろっ?ロリコンって何ですか…………あっ、あれか」
 すぐに何か思い当たったアンリに、トーレはその純粋な目を向けた。
「ねえお兄さん。ロリコン、ってなあに?お兄さんロリコンなの?」
 アンリは引き攣った笑顔を向ける。
「ち、がいますよトーレ……もう!フレッドさんの馬鹿!」

 わちゃわちゃとしている彼らを、偶然通りかかったアーサーとアルモニカが見ていた。

「見て、ちびっこいのがいっぱいいる」
「ああ、癒しだな」
「……それ大丈夫なの」
「多分」
「多分」

 本部は今日も平和でした。







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