閑話「生まれるもの」

56-2



「リィンリィンは死んだ」

 薄暗い小さな部屋に、女性の声が響く。
 首から下を、白く薄い布のようなもので包んだ彼女は、後ろに立った少女の次の動きを待っていた。少女が持っていたのは刃物だった。
「いいの?本当に」
「ええ」
 絹のように滑らかで、美しく白い、長い髪。ハサミによって切られたそれが、落ち葉のように、はらはらと木の床に重なっていく。
「だって、彼女はもう死んだんですもの。私ももう、新しい人生を歩まなくてはいけませんわ。メイメイ姉さんからも、もう解放されたいんですの」
 俯き、金色の瞳を陰らせる。
「リィンリィンは、愛する人間の為に命をかけて最後まで戦い抜いた戦士……に、なりたかったんですわ」
「でも、僕はリィンリィンが生きてて、本当に良かったって思ってる」
「ルニ……?」
「だからそんなこと言わないでよ。もう、無理しないで……」
 ルニはハサミを置いた。
「分かりましたわ。……私は、もう命を掛けるようなこと、しませんわ」
「リ、」
「リィンリィンは、死んだ。でも、この私は、これからも生きていくんですの」
「……!」
 目を輝かせたルニは、少女の手を取り引っ張った。両手を結んだ二人は足を組み交わしクルリと円を描く。
「名前、決めなきゃね!」
「ルニ……」
「イメチェンしよう?そうしよう!僕ファッションセンスはある方!」
「どうしてそんなにノリノリなんですの……」
「ふふ、僕を信じて?だから、これからも一緒に遊んでね?変装して、一緒にお買い物もしよう」
「……ええ」
 新しく生まれた彼女は幸せそうに微笑んだ。

(この子は信じているのね。それとも、知らないのでしょうか)

 全てを知るものは、これから先の事を考えるなんて馬鹿げていると思っている。悪魔ことディアイレが今すぐに死ぬことは無いが、彼女にとっては同じことだった。人間が全ていなくなったらどうなるか、全く想像がつかない。

「僕……変かな。僕は悪魔で人間は敵。僕らを弾圧して仲間を殺している人間なのに、滅んでほしくないって、そう思うんだ。嫌わなきゃいけないはずなのにね」
 ルニは正直だった。
「……私もそう思っていましたわ。人間が好きだなんて、おかしいと。でも、リィンリィンは信じていましたわ。人間の全てが悪いわけじゃない。けれどもみんなの元にはいられなかった」
「ごめんね。リ……君が愛した人間は、悪い人じゃないよ」
「……ありがとう」
 ルニは小指を出した。
「きっと、大丈夫だよ。あの人は、きっとこれからも人間の世界を守ってくれるよ。だから、その間だけは一緒にここで待っていて」
(ああ……)
 ルニだけは、彼女にとっての親友だった。きっとこれからも。
「もちろん。待ちましょう」

 東の端の小さな部屋で、二人は小指を結んだ。


「お誕生日おめでとう」

57話へ