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 温かい。暗かった視界が、徐々にはっきりしていくのを感じた。目の前にいたのは真っ白な子供。
「天使……?」
 子供は首を横に振った。
 体にあった致命傷も塞がっている。男は夢だったのかと錯覚しそうになるも、しっかり破れた制服が、夢ではないと告げていた。子供は何も言わなかったが、何となく助けられたと察した。
「お前、名は?」
「パレイヴァ。レイ・パレイヴァ・ミラ」
 男はその名に大いに聞き覚えがあった。今回調査せよとの任務を受けたのはパレイヴァ教団。同時に、トラブルになった際は殲滅せよとも言われていた。
 確かに言われてみれば、真っ白なワンピースや仰々しい帽子を被った子供はまるで神のようだった。だがその表情は幼く、その服装にまるで不釣り合いだった。
「お前、親は」
「分からない」
「ここで何してたんだ」
「お祈り。皆のためにって司祭が言ってた」
 目の前の神は異教の悪神などではなく、その辺りの子供となんら変わりのない幼い子供だった。しかしその脚を見ると、両脚の踵の上辺り……脚の腱のある場所に深い傷跡があった。彼女が被害者であるのは一目瞭然である。
 任務通り、本当ならこの子供も殺すべきだ。だがもうすぐ自分の子供が生まれるこの男に、そんなことができるはずもなかった。
 男は溜息をつくと、答えを出すことを一時的に放棄するように、ホールの中心、祭壇と石の傍まで歩いて行く。
「そう言えば、もう体重くねえな……」
 赤や紫や青、光を通す度様々な色に燦く結晶石に吸い込まれるように、そっと手を伸ばす。直後、触れた指先に激痛が走る。
「ーーーッ!!」
 慌てて指先を見ると、熱した鉄板に触れてしまったかのような焦げ方をしていた。
「や、やば……これ武器なのか」
 この世界に存在する、特殊な力を持つ武器。それは適合者以外が触れると様々な拒否反応を示すらしい。男がそれをどのように持って帰るか思案していた時、背後から子供の声がする。
「それはボクの体」
「ああ?」
「司祭が、言ってたのです。祀られる時は、共にと」
「何言ってんだ?」
 暫く複雑な表情をしていた男だが、考えた末に子供の元まで行き、抱きかかえると石の傍に下ろす。
 子供は何の躊躇いもなくその石に触れた。驚いた男を他所に、子供は平気そうだった。
「これは、ボクの本体だからさわれて当たり前なのです。石に宿る神が、人となった姿」
「……あー、それ、嘘だと思うけどな」
「……うん」
 その時、パキパキと石から音がした。美しい石にヒビが入ったかと思うと、それは無数に広がり紙に付けた規則的な折り目のようになった。それぞれは重なり、縮み、埋もれ、物理法則的に有り得ない動きをしながら最終的には片手に収まるサイズになった。目玉が飛び出そうな程目と口を開けた男の顔を、子供は静かに見た。
「あの人の言うことを信じてた。あの人を信じてた。まぎれもない正義だと思っていたのです。ボクは正義だと思っていたのです」
 子供の視線は、血溜まりの中に伏した司祭を見ていた。
「……けれど、こんなにたくさんの人が死ぬのは、きっと違う」
 頭を掻いた男は、無抵抗の白い子供を抱き抱え、教会から出た。



 外はしんしんと雪が降っていた。担がれたまま、それを興味津々に見つめる白い子供。
 男と白い子供は、教会から森の中を暫く歩いた場所までやって来た。
 太い木にロープが巻き付けられており、それはソリに繋がっていた。二人乗りのソリが幾つか残されており、男は子供をその一つに下ろすと、他のソリに繋がれた馬を解放し始めた。
「これはなに?」
 座った布の表面をなぞりながら、子供は問うた。
「ああソリだ。馬ゾリだ」
「ゾリ」
 やがて一つを残し、残り全てのソリの馬を解放した。男は子供の隣に乗り込むと、たずなを握り、ソリを走らせた。ソリを使えば近くの村まではそう遠くない。


 雪の中を滑りながら、男は思い出したように子供に言い聞かせた。
「いいか、お前はこの教会にいたんじゃなくて、偶然居合わせた。で、たまたまこの石と適合したから一緒に来た」
「でもボクは神なのですが」
「ああもうそれは一旦忘れろ!いいから覚えろ、お前は偶然居合わせた子供で、適合したから一緒に来た!」
「頑張ってみる」
「それがいい」
 暫く黙り込んでいた二人だが、不意に「あ!」と男が慌ててソリを止めると上着のボタンを外し始めた。そして子供を抱き寄せ上着に入れる。
「ごめん!めちゃくちゃ寒いだろ!うわーこれ凍傷になるんじゃねえか!?どうしよう、どうしよう……」
 あたふたする男の顔を、裸足の子供は見つめた。
「寒いのは慣れてるのです」
「そういう問題じゃねえから!」
 結局服の中に入れることになった。上着が大きくて助かる。子供は冷たくて細かった。

 無言が耐えきれない男は、無駄なことを喋り始めた。
「暇だろうから俺がとびきり使える世渡り講座を教えてやる。本部についたら早速使えるものばかりだぞ。俺も世話になってる」
「へえ?」
「その一、年上には敬語を使え」
「けいご」
「言葉の最後にです、を付けろ。その点お前は大丈夫そうだな。あれを徹底させるんだ」
「分かったのです」
「よし」
「これなんの意味があるのです?」
「形式的なもんだ。敬語は良いぞ。人間関係が円滑になる」
 聞いているのかいないのか、子供は男の顔に手を伸ばす。
「あなたは、」
「俺はロイド・ステンスレイだ」
「ロイド、」
「呼び捨てか?!」
「ロイド、変わった色の髪をしてるのです」
「年上には敬称をだな……」
「けいしょう」
「ああもういいよ」
 世渡り講座は終了した。

 冷たい真冬の風を浴びながら、ふと子供が零す。
「ロイドが正義なのなら、ボクはロイドに付いていくのです。ボクの正義はどうやら間違っていたから」
「……ああ」

 眼下に小さな町が見えてきた。彼らはたった二人、非現実から帰ってきたのだ。



(終)



※以下 本編48話未読 非推奨

(改ページ)



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