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 この森の奥には、神様がいるんだって。お姉ちゃんが言ってた。お願いすると、病気も怪我もたちまち治してくれるんだって。わたしはまだ見たことが無いんだけど、お姉ちゃんは見たことがあるんだよ、神様のこと。神様はね、雪みたいに白くて、本当に綺麗だったって。


「冬のブランシュ」
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 寒い冬の日のことだった。教団に所属していたある男は、異教の神を調査せよとの命を受け、隊員の一人として向かい、そして辺境の地で雪に埋もれていた。

「ああー世間はクリスマスだってのに、俺はこんな寒い辺境の地で意味分からん仕事だよ」
 明るい色の頭を雪で真っ白に染め、白い煙を吐く男。広げたコートの下に煙草を隠し、湿らないように器用に煙草を吸っていた。彼の隣にいた仲間の男は「そうだな」と淡白な返事と溜息を吐く。
「これでもクリスマスには予定があったんだ。それを断って仕事に来たんだから褒めて欲しいもんだね」
 煙草の男は思い出したように懐から何やら取り出すと、それを仲間に押し付ける。
「見てくれ、俺の家族の写真だ。写真を見せるのは初めてだな?嫁のパトリシア、ふふ、可愛いだろう?お腹の中の子供の名前はもう決まってるんだ。リリーって言ってな、きっとパトリシアに似た可愛い女の子で」
「おい知ってるか?戦場で家族の話をする奴は死ぬんだ」
「またそんな縁起でもないこと言いやがって」
「浮かれポンチめ、これから殺し合いが待ってるんだぞ」
「おいこっち何人いると思ってんだ。あと俺はぜってえパトリシアの元に帰るから、生半可な気持ちでここ来てねえんだわ」
 調子の良い、煙草の男。仲間の男は呆れ顔だが友人の調子に慣れているようだ。
「はいはい分かったから、ていうかそういう慢心が良くないぞ」
「ああ……うん……確かにそうだな……。気を引き締めて行くわ」
 そう言い煙草を踏んで火を消す。同時に遠くで鐘の音が聞こえた。出発の合図だ。
「死ぬなよ」
「お前もな」
「おう」
 にっこり笑って互いの拳をぶつける。しかし、煙草の彼はこの時、これが友との最後の会話になると思っていなかった。



 そう、友の微笑みは、苦痛に歪み真っ赤に染まり、ぶつけた拳は手首ごともげていた。



 一言で表すと惨状。血に塗れた教会のホールは生臭い血の臭いが立ち込めていた。


 教団員達は銃を手にした戦闘集団で、一方ただの村人で構成された信者達との戦力差は明確であったかと思われた。だが狂化した信者達は司祭の男の怒号に呼応し、農具を手に阿修羅の如く猛り狂った。

『正義の為に闘え!我等を脅かす奴らは邪なる悪魔だ!我々には神がついている!さあ!闘え!正義の為に!』

 それだけではない。教会に突入した瞬間から、教団員達は明らかな違和感に気付いていた。鉛のように身体が重い。ホールの中心には祭壇があり、四角い大きな結晶石が鎮座していた。それに近付く度に、彼らの身体は重くなる。自由の利かない身体で闘い、殺し、殺され、逃げようとする者もその足の遅さに呆気なく背後から殴られる。まるで悪夢のようだった。けれども数と武器の差は歴然。結果両勢力はほぼ全滅状態に陥った。



 無残な死体が転がるホールを這う男。金糸と青い生地の高そうな衣装を纏った彼は司祭だった。その綺麗な衣装を汚し、血溜まりに腕をぬめらせながらも、ホールの奥、扉の側で座り込んでいる白い子供に這い寄る。
「パレイヴァ!私を助けろ!」
 司祭はそう叫んだが、白い子供はじっと彼を見つめたまま動くことをしなかった。代わりに、彼は背後から深々と刺される。包丁が抜かれた箇所から血が噴き出し、彼は呻き、毒づくもすぐに動かなくなった。
 司祭の背後に立っていたのは若い教団員の男だった。彼は既に満身創痍で、血塗れの包丁を取り落とすとその場に崩れ落ちる。
「――はあ、は……クソッ、何が聖夜だ。……神がいたら、こんな事にはならなかった、ろうよ……」

 静かに舞う埃が射し込む光に照らされる。凄惨な静の世界で唯一無傷の白く幼い子供はゆっくりと動き出す。子供は司祭を暫く見つめたあと、這うように、司祭を刺した教団員の男の傍までやって来る。
「あなたは正義なのですか?」
「――ああ……?」
 男が顔を上げると、血管の透ける真っ赤な瞳が男を見ていた。それ以外、肌も髪も服も、全てが清らかで真っ白な子供だった。
「あなたは正義なのですか?あなたは悪なのですか?」
 子供はゼンマイ仕掛けの人形のように、同じ言葉で再び問う。呼吸の浅い男は、咳き込むように笑いながら、血と共に言葉を絞り出す。
「馬鹿、言え……俺は、正義に決まってる、だろ。この世の悪をぶっ潰す仕事、してんだ、よ。――あ、ああ……パト、リシア……す、まな……い……――」
「あなたは正義なのですか?」
「……」
 彼女にとって、沈黙は、是だった。


(改ページ)



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