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【二冊目、可読開始位置】

『庭を少しだけ増やした。黒の森は悪魔の巣窟の筈だけど、不思議とあの村の周辺だけは少ないみたい。お陰で、野鳥や小動物による作物被害に頭を悩ませるなんて平和な状況に陥っている訳だけど。』




【乱れた筆跡】

『やはり無理してでも目の鍵を手にしてから逃げれば良かったんじゃないかと時々思う。』


 黒の森、それは王国の領土の大部分を覆う深い森だった。
 身を隠すには丁度いい不可侵地域の中で見つけた小さな小屋は、偶然にも近くに集落や川があり暮らすには困らなかった。世間と完全に隔絶されていたこの村の人々は、ローセッタのことを魔女と呼び怯えながらも時には畏敬の念を持って接し、病気や怪我があった時には彼女の元を訪れていた。最初は利便性から村に頻繁に降りようとしたのだが、いざこざがあって不可能だったらしい。
 彼女が博識な理由は、彼女自身が持つ力、全てを見透す目にもあった。つまり全知に相当する力を持っていたわけだが、彼女にとってそれは自分を不幸にしてきた厄介もの以外の何物でもなかった。そうして、彼女の希望によりその能力は制限された。当時教団にあった武器管理部(その何割かは外部から派遣された職員だったそうだが)にはその技術があったのだ。だが、その能力を解放する前に教団を後にした為に、今彼女の持つ力はほんの一部であった。
 ローセッタ自身は薬学の知識に加えて医学も少し齧っていたので目の力を使わなくともある程度の病気なら治療することができたが、目の力が欲しかったのは別の理由があった。


『魔魂武器の専門書なんか、欲しいと思ったけど無いんだろうな。そもそも、回収している教団の中にそこまでの研究部があるかも怪しい。管理してる所はあるけど、そこがどこまで分析しているかなんてもう分からない。』


 魔魂武器、それはただの武器ではない。
 ただの人間に不思議な力をもたらすそれは、かつては人であった。魂が記憶している一つの力。それが結晶化した物が魔魂武器。肉体というフィルターを無しに強い力放つそれは、素手で触れることを多くの人間に許さない。
 ローセッタは知っていた。これは実質、お伽噺によくある魔法である。まるで、魔法を忘れた人間達が唯一魔法を使える方法として、魔魂武器が存在しているようだった。

 武器の形を成しているのは、武力によって人の役に立ちたいという武器本人の意志の表れ。教団が保有していた剣の形をしたアレスなど、生前は血で血を洗う戦いを繰り広げていた騎士か何かだったのだろう。暴虐武人な軍神を名乗るところからも何となく察せられる。もっとも、ローセッタの武器アリアドネは名前に相応しい糸の形を取っていた。迷宮から抜け出す為の知恵であるそれを他の糸と混ぜて織りこむことで意外な効果を発揮すると見抜いたのは、彼女の目のお陰であったが。


『少し怖かった。ふと鏡を見ると、痣が服の隙間から見えていた。また、広がったんだ。武器なんか、ここ何年も使ってないのに。』


 武器使用の影響で起きることが幾つかある。それは副作用と呼ばれ、かつては何人もの武器使い達を死に追いやり、今ではある年齢が来ると引退を推奨されていた原因にもあたる。それは体の不調だけではない、悪魔化である。
 悪魔化と一口に言われているのは、超自然的・魔術的な物を全て悪魔と言い表すこの世界の文化に則ったものであるが、その中身は細分化される。能力の発現、そして武器化だ。
 ローセッタ自身、自分の体に何かが起きているというのは分かっていたが、このままそれが進行したらどうなるかは分からなかった。彼女が見ることができるのは、自分以外のもの。武器を見ることで何か得られたかも知れないが、今の彼女には上辺のことしか分からない。
 未知、意識の無いその向こう側が怖くて、眠れない夜も多かった。


『アリアドネが無いと、落ち着かない。私の身を守るのは、彼女しかいない。』


 ケープの形をした武器……盾を身から離すことで、進行を抑えられないかと思って試したが何も変わらなかった結果、彼女はこのままいつかを待ち続けるだけになってしまった。




【綺麗な筆跡】

『本当にあいつは急にやって来る。けれどすぐにお茶を用意できる私も妙だ。待っているみたいだなんて思うと、嫌になって茶葉を捨てたくなるけれど、そうすると私の分が無くなってしまう。』


『今日は本当に驚いた。以前あいつが来てからもう半年も顔を見せなかったのに、あのあいつが子供を連れていた。人間の世話なんてできないと思っていたのに。それにしても、悪魔に呪いを掛けられるなんて、可哀想な子供。一体何に巻き込まれたのだろう。また、来てくれないかな。』


 ノックは決まって三回。こんなことをする人間は、ローセッタは一人しか知らない。
「あんたまた来たのね。まあいいわ、入ったら?」
 扉の向こうに立っていたのは、かつて共に組織の為に戦い、共に組織に裏切られた男だ。相変わらず長い前髪や伸びっぱなしのカールした黒髪、髭まで生えていて随分見苦しくなった様子に気を取られていて、彼女は大きな違いに気付くのに時間がかかった。
「……あら?どうしたのこの子。あんたが誰か連れてるって珍しいわね」
 男の斜め後ろに突っ立ってローセッタのことをじっと見ていたのは、小さな子供だった。まるで人形のようだというのが第一印象であったが、子供の顔には包帯が巻かれており、片目のようだった。ローセッタは普段医者代わりとして暮らしていたので、彼を治す為にこの男がここに来たのだとすぐに分かった。
「まあちょっと色々あってな。こいつのことで来たんだが」
「ふーん。……まあ、とにかくいらっしゃい。この前新しいハーブティー作ったばかりなの。今淹れてあげるわ」
 そう部屋に招き入れ、二人を椅子に座らせた。

 お茶を蒸らしながら、彼女はチラリと子供を見る。
「えーと、」
 名前を聞いていなかったなとローセッタが言葉を詰まらせていると、サズが助け舟を出す。
「アンリだ」
「アンリちゃん?」
「君」
「失礼……。アンリ君、お菓子、好き?今はクッキーとカップケーキがあるんだけど」
 彼は無言で目を瞬かせると、隣に座っているサズの顔を見た。
(人見知り?)
 ローセッタが怪訝な顔をすると、サズが口を挟む。
「こういう奴なんだよ」
(確かにぼんやりしている子ね。これは生まれつきかしら?転んで派手に怪我したようにも思えるけど、それだけでここに連れてくる訳無いか……)
「そう、ならあんたの好きなカップケーキね。今日は二日目だから美味しいわよ」
「嘘だろ。変な草入ってて苦くてクソ不味いあれをか」
「そう言いつつ食べるくせに」
「貰ってやってんだ」
「失礼な奴だわ。じゃあ私とアンリ君の二人で食べようね〜」
「おい変な徒党を組むな」



 席に着いた途端男は早速本題に入った。
「で、ここに俺が来たのは、こいつのこれを治して欲しかったからだ」
 子供の包帯の下は、左半分、黒い痣のようなものがあった。普通の怪我だけのものとは思えない。
「悪魔化……?」
 彼女は腕を組んだまま、無意識に自分のケープを引っ張った。
「彼、武器は使ったことある?」
「流石に無いだろう」
「そうよね」
 ローセッタは溜息を吐くと、子供の頬に手を当てる。その瞬間、彼女の纏う空気が変わる。鳶色の瞳は金色に輝き、暫くの時が流れた。
「……ふう」
 ローセッタは息を吐き出す。目の色はいつもと変わらない鳶色。
「端的に言うと、悪魔の呪い、かしら。私に効かなかった薬があるんだけど、試してみようか。それから怪我が化膿しているから、そっちの治療もね」
「医者みたいだな」
「医者よ」
 そう言いローセッタは薬棚へ向かう。その後ろ姿をサズはじっと見ていた。

 翌日には薬が効いたのか、子供の呪いは解かれた。それに追随して、怪我も綺麗に治ったのであった。
「良かったわね」
 そう笑いかけると、子供はローセッタの顔をじっと見た後、こくりと小さく頷いた。
「じゃあ俺らは行くからな」
「何処へ行くの?」
「何処へだって良いだろう。色々だ」
 そう濁しながらも子供の頭を撫でる。
「こいつの為だな。……こいつはな、すごいんだ。うっかりしてるから、一人でも死なないようにしないとな」
 そう子供を見る男の目は我が子を見守る父親のようだった。しかしその一方で酷く冷たくも感じたのは、黒髪の隙間から見えるその赤の瞳が、昔の記憶より深く黒く見えたからか。





【黒い羽根の挟まったページ】

『今年は薬草の出来がいい。去年なんて、怪我人が多かったのに不作だったから、本当に焦った。悪魔なんて、この辺りは滅多に出ないのに、変な年だった。』


 家の前の小さな庭の手入れをしていると、木の上に黒っぽい羽の鷹が留まっているのを見つけた。
 大きな身体だ。深い紅い目をしていた。ローセッタはそっと近付き、顔を、羽を、毛並みに沿って撫でる。
「あんたは可愛いわね。もふもふしていて」
 鷹は高い声で鳴くと、嫌がるように足踏みをして羽を広げ、体を震わせた。彼女は「そんなこと言わないでよ」と言いつつ、おとなしく手を退ける。
「――私、そろそろ人間ではなくなってきた気がするわ。……この前診た子のことも、分かったの。あの子、本当なら早く殺しておくべきだった。私が中途半端に生き永らえさせたのは間違っていたって、少し思うのだけど、あんたはどう思うかしら」
 鷹は首を傾げる。
「なんてね」
 鷹は鳴くと、バサバサと飛び去って行った。残った一本の羽根を拾い上げ、彼女は呟く。
「もう少し、いても良かったのに。急に現れて、本当にすぐに出ていっちゃうんだから」


『もし花の種がここにやって来たら、それもまた運命……いいえ、必然だ。その時は私、どうするんだろう。』





【終盤】

『あの子がよく家を訪ねてくる。けれど、あの子はあの子の世界で生きるべきだと思うのだけれど、正直嬉しい私がいる。独りでも寂しくないだなんて、よく言ったものだ。』


 近頃、ローセッタの家をよく訪ねてくる客がいた。その客が今日もやって来たのである。
「ローセッタ!遊ぼう!」
 ノックもせずに飛び込んで来たのは、素足が傷だらけの年端もいかない女の子だった。
「あーあー、あなたはまたこんなに怪我をして……」
「えへへ……ローセッタのとこに早く行きたくて走ってたら無くしちゃった!」
 おおよそ嘘であるが、彼女の事情を知っているローセッタは追求はしない。
「草で切ってるわね。消毒してあげるからこっちへいらっしゃい」
「うん!」
 彼女の名前はトーレ・セルディス。近くの村に兄と共に住んでいる女の子だ。猜疑の中世田舎の被害者のような彼女は、ローセッタは独りで寂しいでしょうとよくこの家にやって来る。本当は、昼間兄が家にいなくて自分が寂しいからだとは一言も言わないが、能力を使わなくても見ていれば分かる。

「ローセッタ……」
「なあに?」
 消毒をした足に包帯を巻いている時、トーレがポツリと呟く。
「こうやって、ローセッタは私の怪我を治してくれる。みんなの病気も治してくれる」
「ええ」
 トーレは顔を上げた。泣きそうな顔だ。
「でも、ローセッタ。ローセッタの病気は、私には治せないよ……!」
 そう言いローセッタに抱き着いた。
「トーレ……?」
「知ってるよ、私。でもどうしたらいいのか分からないんだ。ローセッタまで、いなくなって欲しくないのに」
 ローセッタはドキリとした。黒い指先を隠す為に手袋までしているのに。シャツもちゃんと一番上までボタンを閉めているのに。首筋に感じる少女の熱さえ、痣が見えているんじゃないかという焦燥感を煽り心拍数を上げる。
 ローセッタは落ち着いて、トーレの肩を抱いて離すと、彼女の目を見上げた。
「この顔の模様のこと言ってるの?言ったじゃない、魔女の模様だって」
「うう、でも」
「優しいのねトーレ。でも私は大丈夫よ」
 ローセッタはにっこり笑って見せた。


『あの子は賢い子だ。私の嘘なんか、見破っているんだろう。かく言う私はというと、もうすぐその時が近付いているというのにあまり焦りが無い。七、八年前の私は不安で夜も眠れなかったというのに。死を受け入れるとは、こういうことなんだろう。』


『胸騒ぎがする。近くに、いるんだ。』



【白紙、そして裏表紙】



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