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【表紙】

 ここに二冊、魔女の日記がある。焼跡から発見されたそれは、灰こそ被って煤けていたが中身は無事であった。しかしそれは片方の話で、もう片方は前半の損傷が激しかった。
 教団が回収したそれは別段取り沙汰されなかった物で、遺留品の一つとして箱の中に纏めて入れられていた。それを見つけ出し持ってきてくれた事務員がいたのだ。その表紙をなぞると、赤い夜の記憶が蘇る。

 彼女はじっとその日記の表紙を眺めていたが、意を決するとその厚い本を開いた。


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【差し込まれたメモ書き】

 私は森の魔女と呼ばれている。本当の名はローセッタ・ノース。何でもない、ただの薬屋よ。

 どうしてこんなしがない薬屋の手記を開いたの?何かあると思った?それとも、私のことをよく知っている者かしら。
 残念ながら、ここに大したものは無いわ。あるのはただの、取り留めのない日常だけ。




【紙の裏】

『昔から、不思議な力が使えた。そのせいで、私は長らく孤独な日々を過ごした。』


 ローセッタ・ノース。彼女は小さな村の薬屋の家に生まれ、大きな病気に罹る事も無く無事成長したのだが、ただ一つ問題があった。

 小さな彼女が木の枝で、地面に絵を描いている。それはおおよそ同じ歳の子供たちと違い、見たこともない幾何学模様だった。
 その他、母親の思っていることを言い当てるなど、終いには両親にさえ怯えられ、友人もできなかった彼女は自らの意志で家から出ることはほとんど無かった。

 そんなある日、家に奇妙な格好をした大人達がやって来て、彼女を連れて行った。
 彼女が振り返った時に見えた両親は、虚ろな目を伏せ、疲れやせ細った姿だった。


『そこは病院でもなければ、学校でもなかった。ただそこで初めて知ったのは、自分のように、少し変わった人が何人もいるということだ。』


 彼女が連れて行かれたのは、メルデヴィナ教団。
 魔術を取り締まり神の教えを布教していく教団……ではなく、独立の改革以後宗教理念の形骸化した武力組織としての教団だった。教会(ここでは宗教世界のことを指すが、)の中でも異端視されていた彼らであったが、魔物の蔓延るこの時代、彼らを悪魔と呼びそれらを排除する実力を持ったその組織は、既に社会の一端を担っていた。
 そんなメルデヴィナ教団には、悪魔を祓う大きな力を持つエクソシストがいた。実際彼らは不思議な武器を使うだけの人間だった。そんな中でもローセッタは少し違っていたようだったが。


『本部敷地内の施設で“鍵”を貰って普通の人間として暫くを過ごした後、アリアドネと出会い、私は武器使いとなった。』




【最初のページ】

『今日は南の支部から異動してきた奴がいた。へらへらしている。一方で真面目なようだけど、どこか気に入らない。
 歳は確か二十歳と言っていた。私と二つしか変わらない。隊長は歳の近い友達ができて良かったじゃないと笑っていたけど、少し先が思いやられた。何故なら私は、大体の人間が嫌いだからだ。』


 その男は、人が苦手らしい。「人間のことあまり信用してなくてさあ、まず目を見れないんだよね」なんて言いながら、本人は長い前髪を目が隠れる程伸ばしている。黒髪の隙間から見えるその目の紅さを思えば、何故彼が人間不信なのか、人の感情の機微に敏くなっていたローセッタには何となく想像がついた。
「私は無知な人間が嫌い。自分の理解の及ばないものを、すぐ悪魔だの魔女だの言って迫害する」
「それって殆どの人じゃない?」
「そういうこと」
 ローセッタは腕を組む。
「私には全部見えていたから、余計にそう思うのかもね」
「見えていた……?」
 そこまで言って、彼女はふと男を見た。
「今は鍵を掛けてもらってるから、あんたのことは見えないから。安心して」
「……ああ」

 彼の名はサズ・ホリー。後に重大な問題を引き起こす男である。




【序盤 取り留めのない日々】

『あいつが副隊長になってからしばらく経ったが、ずっと元気の無かった隊長が遂に武器を置いていなくなってしまった。副隊長が死んだのは隊長のせいではないのに、私は何もできなかった。もう少し素敵な形でこの腕章を手にすることができると思っていたのに。』


『今日はクロウとニルスの喧嘩に巻き込まれ大事な書類にインクを零したので、敷地内での武器の使用を禁止してもらえるように言ってきた。通るかどうかは分からないけれど。彼らずっと喧嘩をしてる気がする。若いっていいよね。』


『今日は、隊での任務中に髪を切られた。生身の怪我に比べて髪くらい何でもないと思っていたが、奴はこのことを柄にもなく気にしているらしい。面白いから少し落ち込んでいるふりをしてやった。』


『嘘ついてるのがバレて馬鹿にされた。もうあいつには嘘はつけない。』


『この時代、他に実力者がおらず、ついに奴が団長になってしまった。世も末だ。あいつは外面だけはいい。私は三番隊の隊長、そしてクロウが副隊長になった。』


 じゃらじゃらとした大袈裟な団長の記章を着けたサズを、ローセッタの左目が見上げる。
「かっこいいじゃない聖騎士様」
「そんな大層なものじゃないさ。まず俺は槍使いだし」
「あら?かっこいいというのは否定しないのね?やはり聖騎士様は、自分の容姿に相当自信がおありのようだわ」
「おいロゼ、お前なあ……」
 こめかみに青筋を浮かべたサズは、やるのかと言わんばかりに懐から小槌の武器をチラつかせた。ローセッタはケラケラと笑いながら武器を収めさせる。
「なあに、怒ることじゃないでしょ。褒めてるんだから」

 そんな団長の記章を付けた彼の姿を見ることをできたのは、たった五年にも満たない短い期間だった。




【中盤】

『あいつは何かに悩んでいた。何に悩んでいるかは分からない。目を使って、見てもよかったんだけど、しなかった。明日、鍵を外す申請をしようかな。昨日もそう書いたけど。』


 団長室、大層立派な部屋には誰もいなかった。奥の本棚のとある本がスイッチになっていて、その裏に小さな部屋があることを彼女は知っている。
 小さな部屋には窓際にテーブルと椅子。長いソファーとローテーブルがあった。
 大層ご立派な団長様は、小さな部屋のソファーで横になって眠っていた。黒く巻いた癖っ毛の頭髪は、まるで犬のようだ。
「またそんな所で寝てるの?全く、だらしがないんだから」
 ふわりと微笑んだ彼女は、自分の掛けている赤いケープを脱ぐと彼に掛ける……のではなく、それで思いっ切り引っぱたいた。
「うおっ」
 前後不覚になった彼はソファーから転げ落ちる。そんな彼に差し出されたのは手ではなく書類の束だった。
「これ、今すぐ確認がいるんです団長様」
「お前な!もうちょっと何かあるだろ!」
「無い!」
 サズは立ち上がり膝の埃を払い、渋々受け取ると、寝惚け眼を擦りながら書類に目を通し始める。ローセッタは腕を組んで待っていた。
「ここの所毎日昼寝をしているようだけど、そんなに他の仕事が多いわけ?補佐として、団長の仕事は把握しているつもりよ」
 サズは頭の後ろを掻いた。
「いやー大したことではないんだが……はい」
 彼から書類を受け取り、ローセッタは溜息をつく。
「なあ、俺は未だに人間が信用できないんだ」
 突然の真面目な語りに、ローセッタは思わず顔を上げて彼の顔をまじまじと見た。
「覚えてるか?お前には言った気がする」
「ええ。覚えてる」
 長い前髪で隠れて表情は今一つ掴めないが、長い間共にいたローセッタにはある程度分かる。彼はどこか物寂しそうだった。
「少し、期待しているよ。他者を、いつか信用できるかもしれないと」
「私は、まだ信用されていないの?」
 髪にほぼ隠れた瞳を真っ直ぐ見つめた。真っ赤な瞳は驚いたように開かれていた。その目が見たくて、無意識にそっと前髪を押し上げた。ちゃんと両目を見たのは初めてだ。綺麗に透ける、赤色。
「……おい、手ぇ退けろ」
「失礼」
 そっと手を離して自分の手を暫く眺めていたローセッタは、ふと意地悪っぽく笑った。
「美女に迫られてドキドキした?」
「無いわ阿呆。早くその紙処理しろ」
「はあー全く」
 大袈裟に溜息をついた彼女は、ローテーブルの上の資料を拾い上げると、部屋から出て行った。




【終盤】

『どうにも感じていた違和感は、確かに本物だった。メルデヴィナ教団は結局教会の利益の為に動かざるを得ない。団長になったあいつは当時から若すぎるだの大して実力が無いのにだの散々言われてきていたけど、そこまで教会に嫌われているとは知らなかった。こんなことになるまで、私は何も知らなかった。人を信じられるかもしれないと、言っていたばかりだったのに。』


 暗闇へと続く階段を降りる。
「団長様は実は魔女。実力者のいない時に着々と準備を進め遂に謀反を起こしただってさ。お前も疑いを掛けられてるが、何も知らされていなかったと言えばまあ何とかなるだろ」
 こんな事態になっても、彼はへらへら笑っていた。いや、前髪の下の表情は、もっと違ったかもしれない。彼にとっては笑顔は悲しみを隠す為の仮面なのかもしれない。
「もういいのよ。私も逃げる。あいつらは私が知らないと言っても聞かないでしょ。それにもう、期待なんてしてないわ」
「おお、奇遇だなあ。俺も同じ気分だ」
 部下のクロウが隠して連れて来てくれたのは、外へと繋がる本部一階の地下通路。ローセッタは彼の見送りに留まるつもりはなかった。
「私もあんたと一緒に逃げるつもりよ」
 サズは、白いフードを目深に被ると、外套をばさりと翻す。
「一緒?何言ってんだ。そんなの願い下げだ」
「……」
 そう言い残すとサズは早足で暗闇の方へと消えていく。ローセッタは暫く唖然としていたが、ふと気付くと彼を追いかけた。
「は?おい。ちょっと、待ちなさいよ!」
 上が騒がしくなり、クロウが慌てて通路への蓋を閉めたのが分かった。遮断される光と音。真っ暗な通路を、ローセッタの手元のランタンだけが照らしていた。
「サズ!」
 彼はランタン無しで彼女の前を歩いている。白い外套が暗闇の中で揺れ、それはまるで亡霊のようにふわふわと掴めず距離も掴めず、段々と薄まっていくように感じた。彼女は早足で追い掛けているというのに。
「サズ!」
「うるさいぞロゼ」
「ああ、いたの……」
 安堵したローセッタの足の速度が弱まる。
「俺はお前とは逃げない。こうなったのは、お前のせいじゃないだろう。だからと言って、短いお前の人生に対する責任を、俺が負うつもりもない」
「何言ってんの?何が言いたいわけ?」
「俺はお前に付いて行かないし、お前が俺に付いてくることを許さないって言ってるんだよ」
「は?」
 ローセッタの口調は強くなる。
「あんたは、ずっと、何考えてるのか分からなかった。何かに悩んで何かを考えてたのは知ってる。でも、何を考えていたのか教えてくれもしなければ分かりもしなかった!今回のことだってそう、何も言ってくれなかった、だから、最後まで私のこと信頼してくれたかも分からない!多分してないと思う!でも私は…………っなのに、あんたは……!」
「はあ、分かんないかな」
 耳元で声がする。
「―――――――」
 聞こえない。何て言ったのか、分からない。
「それに、そんな最後みたいな顔するなよ」
 何も、見えない。



 白い光を追い掛けていた筈なのに、近付くことのできた時にはそれは別の物に変わっていた。通路に落ちる月光が、ゆらゆらと揺らめいている。
 真下から見上げるとどうやらそれは古井戸のようで、風に揺れる木々から零れた月光が揺れていたようだった。

「何が最後みたいな、よ。……最後じゃない……馬鹿」


 それきり、暫く彼に会うことはなかった。




『何とか逃げ延びた。黒の森の中に小屋を見つけたのは、不幸中の幸いといったところか。ボロボロだけど、修理は明日からにしよう。今日はもう、疲れた。』



【裏表紙】



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