後日談Ⅱ-ⅰ「光」
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 それは、組織の改革からおよそ四年が経過した頃のことだった。

「アルモニカ、ちょっと」

 準備やら何やらで、普段よりも忙しさが増してきた某日。アルモニカは仕事中に、上司に呼び止められた。その上司とは、現メルデヴィナ西・軍事部長のセヴェンリーだった。踵を鳴らし早足で近付いてきた彼女に、アルモニカは素直に応じた。
 この人物。しなやかな黒髪を後ろの低い位置で纏め、細いフレームの眼鏡を掛け、踵の高いブーツを履いている彼女は、実際の身長に反して威圧感と存在感が感じられる。その上少し低めの声で怒号を飛ばす彼女は、周囲から恐ろしい人物として恐れられていた。そんな彼女が個人を呼びつけ連れ出したものなので、アルモニカの部下達はそれぞれ青い顔をしていたようだった。

 彼女に連れられ人気の無い場所まで移動したアルモニカは、いよいよ本題を告げられた。
「元第一テトラールキの遺品の再調査をしていた際に発覚したことなんだが……。お前の父親が見つかった。って言ったら、どうする?」
「父親?」
 アルモニカにとっての親とは、実の親ではなく、育ての母であるステラのことを指していた。実の親の方は、本人としては最早どうでもいいこととなっていたのである。そんな彼女の父親とは一体。
「本当の、親のことだ」
 アルモニカは怪訝な顔をし、溜息を吐き目を逸らした。
「結構です」
「アルモニカ、」
「聞いても無駄です。失礼します」
「待ちなさい」
「何ですか今更。それにあの人たちは私の力に怯えて捨てた。あんな人たちに会いたくなんかない。あの人達を親なんて、思っていません」
「確かに親はお前に酷いことをしただろう。けれど、それは二人共か?」
「……覚えていません。あまり思い出したく無いのかも。……もういいですか。あなたもお忙しいのに。こんなことやめてください」
 彼女は嫌悪感を露わにする。去ろうとしたアルモニカを呼び止めるように、上司は語り始めた。
「子供が生まれてすぐ離婚することになってしまい、親権も奪われ悲しみに暮れた男がいたらしい。彼は元妻に、我が娘を事故で失くしたと聞かされそう思い込んでいたとか」
 アルモニカは立ち止まり、ゆっくりと振り返る。上司はいつもの冷たそうとも寂しそうとも言えない表情で、つかつかとアルモニカに近付くと、紙切れを押し付けた。
「彼に会いに行くかどうかは君が決めたらいい。私にできることはここまで」
 彼女は背を向け去ろうとした。
「サクヤさん!」
「……」
 思わず呼び止めたアルモニカは、あの、と言葉を濁らせる。
「ごめんなさい、私……あなたの優しさを分かっているのに」
 上司は返事をしなかった。けれど静かに微笑むと、結った毛先を躍らせ足早に去っていった。


 残されたアルモニカは、紙の上の住所を眺めていた。
「もしかしたら、あの人は憧れがあるのかもしれない。故郷や、家族というものに。でも私は……」
 冷たい風を背に受けながら、彼女は紙を握り潰した。
 このまま手を離せば、過去を二度と思い出さなくて済む。今の、幸せで穏やかな日常も失わなくて済む。
 けれどもアルモニカ自身の記憶が間違っている可能性もある。彼女は現状維持と変化を天秤に掛けざるを得なかった。
「こんな時、彼ならなんて言うかな。……そしたら私は……」
 くすりと笑うと、彼女は紙をポケットに仕舞い、通信機を取り出した。相手の場所を確認し、彼女は話し始めた。
「――次の休み、ちょっと旅行に行かない?なんだか、雪を見たくなっちゃって」



◆◇◆◇◆


【光】



「本当に嬉しいよ。私を呼んでくれて」
「ええ、ありがとう。リルベルナさん」
「そう、まだファミリーネームで構わないよ。またこうして、出会えただけで嬉しいのに、生きていただけで、元気なだけで嬉しいのに、こんなにも綺麗で、こんなにも幸せな時が訪れるなんて、私はもう、死んでも構わない」
 厳かなオルガンのメロディが鳴り響いた。
「やめてくださいよ……それでは、行きましょう」
「ああ」

 眩しいほどに輝く光。幸せな光。その中へ、花嫁と父は歩み出ていった。




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